妻とドライブ-1
その日の夜。私と妻は東北自動車道を東京に向かって走っていた。いつものように、性の遊びをした後というわけではなく、ただ、温泉旅行をした帰りだった。不思議なものなのだ。休日を合わせて性の遊びをするようになってからのほうが、休日を合わせて妻と出かける機会が増えたのだから。ショッピングに付き合ったり、映画やお芝居を観たり、そして、旅行もしている。性の遊びをしていない頃のほうが、そうした機会は多く作ることが出来たはずなのに、そんなことはしなくなっていたのだった。
「岩槻インターチェンジで降りて、ラブホテルにでも寄らないか」
「珍しい。アナタからラブホテルに誘われることなんて、もう、二度とないのだと思っていました」
「だって、今夜は、月が綺麗なんだよ。もっとも、ラブホテルから月が見えるかどうかは分からないけどね」
「いいじゃない。月が綺麗だからって言う理由でラブホテルに行くの、私、嫌いじゃない。ただ、今夜の月は三日月。名月って、満月のことじゃなかった」
私は満月よりも、あの微笑んだような三日月が好きだったのだ。しかし、そんなことは妻には言わなかった。
「どんな形でも、綺麗な時は綺麗なものだろう、月って」
「この時間から休憩でホテルに入るのは、ちょっと贅沢ですけどね。月が綺麗と言われたら仕方ないか。でも、止めてね。ホテルの部屋で猫になって、ボクを可愛いがって、と、そんなこと言わないでね」
「夏目漱石か。そんな意味で言ったんじゃないんだ。本当に、今夜の月は綺麗だなって思ったんだよ。どうしてだろう。思えば月なんて、いつだって見ていたはずだし、旅館からも月は見えていたはずなのにね」
「そんなことも分からないのね」
「分かるの。その理由が」
「それはね。二人で観たからじゃない。欠け始めた月は、すぐに満月に戻るのよ。アナタ以外の男とした私が、すぐにアナタに戻るみたいにね。元に戻るから月は魅力的なんでしょ。変わらない太陽よりも、欠けて戻る月がアナタは好きなんでしょ」
私は、妻はよほど淫乱な女なのに違いない、と、そう思いながら、これから長年連れ添った妻とホテルに行くというのに、すでに、その部分を興奮させていた。
ただ、この時には、淫乱な妻に、新たな計画のあることなど、私は知らなかったのだった。