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銀の羊の数え歌
【純愛 恋愛小説】

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銀の羊の数え歌−15−-2

全てを射貫くような太陽の熱光線は、病院の中庭にも惜しみ無く注がれていた。
風のない、本当に乾いた空気だった。
僕は畑野さんの隣りについていきながら、一般入り口とは正反対の扉から外へ出た。
芝生も、そして楕円形のスペースを沿うようにして立ち並ぶ背丈のある木々も、あふれんばかりの生命力を誇示するかのような緑で、視界いっぱいに迫ってくる。
そこで暑そうにしながらも日光浴を楽しんでいる患者や付き添いの人、街の喧騒のかわりにきこえてくる蝉の合唱、そのなにもかもを引っくるめて、まさしくこれぞ真夏の風景という感じだった。
芝生を踏むなり、畑野さんは周囲をグルリと見回して、言った。
「あそこ。あそこに座りましょう」
彼女が指さしたのは、中庭の外れのベンチだった。なるほど。あの場所のなら後ろに大きな木も立っているから、木陰ができて涼しいに違いない。僕は一つ、頷いた。
とりあえずそこまでいって腰を下ろすと、畑野さんがうちわみたいに手の平をパタパタさせて、それにしても暑いわね、と唸った。
夏とはいえ、確かにこの暑さはちょっと異常な気がする。朝方まで雨は降っていったはずなのに、草の合間からのぞく土は完璧に乾ききって白くなっていた。中庭全体が、まるで火をかけたフライパンのようだ。
けれど正直言って今の僕には、そんなあれこれはどうでもいいことだった。
ついさっき病室の前できいた、畑野さんの言葉がずっと気になりっぱなしで、早くその続きが知りたかった。柊由良に関することなのだろうけど、それがいったいどうしたのだろう。今日、病室に姿がなかったことに関係しているのだろうか。
そして数秒後、降りてきた沈黙が合図のように、声を落としながら畑野さんが切り出した。
「さっきの、話なんだけどね」
僕は黙って頷いて、視線を自分の足元へ向けた。わけもなく、心臓が早鐘を打ち始めた。 「柊さんの、ことよ。彼女の体のこと。詳しく話していなかったわよね」
いつもてきぱきと喋る畑野さんには珍しく、たどたどしい口調だ。まるで、日本語を覚えたての外国人のように、ぎこちない。
「あの子は、生まれつき心臓の弱い子でね、施設にくる前からちょっと具合が悪かったの。 ほら、柊さんって、とても肌の色が白いでしょう。多分、そういう理由もあってのことだと思うのね」
慎重に話を運ぶ畑野さんの声を、隔てるものなんてなにもないのに、僕は耳をすましてきいていた。
「前にも話したけど、彼女が倒れたことは何度かあったのよ。言ったわよね。心音に雑音がきこえているっていうことと、不整脈があるっていうの」
「はい、ききました」
僕は地面に向かって頷いた。
「それで病院で検査してもらったんだけど、その結果がね、あまりよくなかったのよ。私も、きいて、そんなまさかって思ったんだけど、ね・・・」
そこまで言うと畑野さんは、ぱったりと口をつぐんでしまった。僕はといえば、顔をあげることすら難しそうだった。話の内容が内容なだけに、今の自分がどういう表情を作っているのか、それさえも分からなかった。
けれど僕がここでなにかきっかけを作らなければ、この話はこれ以上、前へは進まないような気もした。畑野さんは迷っている、と僕は、彼女自身から発散される重い空気からもはっきりと感じ取っていた。
畑野さんが本当に僕に伝えたいと思っていることは、きっと、こういうことではないはずだ。なのに、なにをそんなにためらっているのだろう。
そう考える一方で、こうも思っていた。
本当は、僕はもうとっくに気づいているんじゃないのか。こうして、ここへ連れてこられるよりも、もっと以前から漠然としたひらめきのように、感づいてしまっていたんじゃないか。だから、なかなか核心へ踏み出せないでいるんじゃないのか、と。
石膏で塗り固められたような背中や手のひらが、じっとりと、いやな汗で濡れてきた。 暑さのせいばかりではなかった。


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