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銀の羊の数え歌
【純愛 恋愛小説】

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銀の羊の数え歌−13−-1

空気は澄んで冷たく、深呼吸せずにはいられないような心地よい朝だった。
僕は大きく膨らんだボストンバックを車の後部座席に放り込むと、ふと振り返り、山頂にある寮を目を細めて眺めた。
長かった研修も昨日でようやく終わり、ついさっき、最後のミーティングをすませてきたところだ。研修の締めということもあって、その席には課長を始め、佐藤さんや畑野さんなどの各担当管理者が、あの長いテーブルをずらりと囲んでいた。
ミーティングの内容は、僕にとってこの研修がどれだけ役に立ったのか、どういうところが大変だったか、どんな出来事が心に残ったのかなど、周りからの質問攻めが主だった。 そして、それを終えると、僕は職員のみんなに頭を下げて礼を言い、拍手喝采の中、寮を出た。来週から、今度は本当の職場で、ここで学んだことを最大限に発揮していかなければならないのだ。
車へ乗り込み、キーを差し込んだところで、僕は手を止めて最後にもう一度だけ、窓から顔を突き出して、寮を見上げた。
もう、あの場所に柊由良はいないんだな、と静かに思った。きっと今頃は、病院のベッドの上でおとなしくしているに違いない。 残念なことに、柊由良が僕の宿舎へきた日を最後に、とうとう今日まで彼女と会うことは出来なかった。寮の玄関まで見送りにきてくれた畑野さんの話では、入院前ということもあって、ずっと自分の部屋に入っていなければならなかったらしい。
(次に会うのは、病院の中か)
僕はため息をついて、車のエンジンをかけた。助手席においてあるタバコの箱から一本とりだして、くわえる。ライターで火をつける。吸い込んで吐き出す。灰色の煙は、窓から流れてくる空気に、そっと消えていった。



喫茶店『OZ』。
開店と同時に入ったため、お客は僕以外に誰もいない。薄暗い店内にはコーヒーの香りが雲のように漂っていて、壁際に四角く切り取られた正方形の窓からは、何本もの光の帯が差し込んでいた。なんだか、足音をたてるのさえもったいないような静かな光景だ。
「よぉ藍斗、今日は早いなぁ」
カウンターからの、眠たそうな声に我に返って首をねじ曲げる。エプロンを締めた真壁がこっちを見ながら笑っていた。
「朝から、暇でね」
肩をすくめながらながら、僕はいつもの席に腰を下ろすなり、カウンターにほお杖をついて言った。
「紅茶ちょうだい。ミルクティー」
「あいよ。それよりお前、朝飯食ったか?」 カウンターの下の冷蔵庫の前にしゃがみこんで、中身を確認しながら真壁が言った。
「チャーハンくらいなら作ってやれるぜ」
「またマスターいないの?」
呆れたように言ってやると、真壁が下からひょいっと顔を出して、うんにゃ、と首を振った。
「マスターはいつも十一時出勤なのさ。こんな時間はめったに客がこないから俺でも平気ってわけ」
「なるへそ」
と、僕は頷いた。
「じゃあ、もらうよ。チャーハン」
研修が終わってからというもの、はっきり言って僕は暇を持て余していた。本当なら、この一週間の連休は琴菜とのデートに使うはずだったのだが、破局した今となっては、永遠に果たされることのない約束になってしまっし、それならそれで、一人でどこかへ遊びにいけばいいようなものなのだが、そうも簡単にはいかない。
街を歩けば、無意識に左隣りをあけて、琴菜の歩幅で歩いてしまっているし、自分の部屋で音楽を聴けば、彼女の好きだったメロディーが嫌になるくらい頭の中で鮮明に蘇る。


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