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『香奈子〜愛撫はオンブルローズに包まれて〜』
【その他 官能小説】

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『香奈子〜愛撫はオンブルローズに包まれて〜』-4

「今夜は飲みになるから…」
 ネクタイを結びながら敬一が言う。
「うん」
 香奈子は丸まったストッキングを拾いながら答える。
「ここで待ってるなら、鍵渡そうか?」
 上着に腕を通しながら敬一が言う。
「いや、今夜は私も予定あるから」
 スカートのファスナーを上げながら香奈子が答える。背中に気配。ぬくもり。影。大きな手に抱き締められる小さな背中。香奈子の乳房に乗せられる敬一の手。左手。薬指。指輪。香奈子は、目で追う自分の視線を強引に窓の外に向ける。咎める気はない。苛立ちもない。
“今のままでいい…”
 あの日の自分の言葉を、もう一度、香奈子は口にする…。

 フロアこそ違え、同じ社屋に敬一がいる。香奈子の意識に宿るぬくもり。携帯。メール。
『吊るし上げ会議だよ(涙)』
 肩で、笑う。パソコンのモニターに反射する自身の影。髪。耳。首。敬一の影が無意識に重なる。愛撫。呻き。喘ぎ。記憶が勝手に淫美な引き出しを開ける。愛撫。抱擁。交わり。椅子に乗った秘部に敬一の“感触”が蘇る。再起動…熱を振り払う様に椅子を立つ。WC。小さく息をつく、香奈子。折り畳んだペーパー越しに伝わる、湿り…。“濡れてる”頬に感じる熱。指先に宿る不埒な性欲。レバーを引き、ペーパーを流す。鼓動の音だけが、耳に大きい…。

『明日!明日な!香奈子!今夜は飲みあげてやる〜』
 0時を過ぎて敬一からメール。ルームスタンド。液晶画面。本社に敬一が出向いてくる度、二人は求め合い、互いを確かめ合った。隙間を埋める様な、再会。
“明日…会える…”
 小さな呟きを残して、香奈子はベッドに潜り込む。胸の高鳴りは夜を追って、香奈子の体を支配する。真似るように…なぞるように…自身の指先を肌に滑らせる。敬一に、されるように…。敬一が、してくれるように…。奥歯で喘ぎを噛み殺し、溢れる愛液を掬いとる。吸い込まれる様に、指先が沈んでいく。深く、深く、当たる場所まで…。

 いつもより早く家を出る。無意識に先を急ぐ。見慣れたオフィス街。いつもの街路樹。バスの排気ガス。スーツの列。首を何度も回し、遠目にでさえ、溜め息をついていると分かる敬一を香奈子は見つける。
「おはようございます」
「おはよう…」
 二日酔い。冴えない表情が、却って香奈子を安心させる。人の列、人の波。漂う二人。
「明日、朝一で帰ることになった…支社でトラブってるらしくてな。」
「そうなんだ…」
 靴底がアスファルトを叩く。
「驚けよ」
 敬一がそう言って肩をあててくる。
「寂しい」
 香奈子はそう答えて立ち止まる。鞄で背中を押して敬一が笑う。香奈子が遅れて、笑う。

 パソコンに疲れた目を、青空で癒す。時間は早いようで遅い。少女期みたいに、待ち焦がれてる訳では無い。今の二人の関係は何だろう?そんな問いを自分に投げかけてみたり…。結婚することができた。でも、しなかった。転勤を機に関係を断ち切ることもできた。でも、できなかった。体だけの関係と呼ぶには、ぬくもりがありすぎる。恋愛と呼ぶには、実感がなさすぎる。守りきる程、大切なものではない。無理に捨てる程、不要なものでもない。タイムカードに刻印された時間が、どことなく無意味な記録に思える。香奈子はロッカー室で手早く着替えを済ませ、いつもの店に急いだ。

「面倒だからさ、ここでご飯も済まそうな」
 敬一は、得意先にだとメールを打ちながら、香奈子にメニューを促す。
「奥さんにメール?」
 メニューを見ながら香奈子が聞く。
「違う…」
 相手にしない態度で敬一が答える。何の特徴もない、パスタとハンバーグ、小さなサラダ。敬一の話は、いつも仕事の話が大半を占める。会議の内容、部下のこと、取引先のこと…時折、皿にあたるナイフやフォークの音が、耳奥に刺さる。
「明日の朝…早いけど、ごめんな…」
 敬一が香奈子を見る。
「今夜は…帰るから」
 香奈子が敬一を見る。会話が、そこで止まる。店の外の街路樹が小さく揺れていた…。


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