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「旅立ち」
【女性向け 官能小説】

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「旅立ち」-1

わたしは恋をしていた。
プラトニックな恋。
10年もの間、思い続けていた。
彼はいつも友だちでいてくれた。
恥ずかしがり屋のわたしの唯一の男友達。
バイクに乗って現れて、「じゃ」と走り去るのが彼のやり方。




松の枝が左右に広がり

池の中の月が揺れている。

ここは彼の好きな場所,城跡。

深夜のドライブの目的地。



小船が風に揺れているのに

寒さも音も感じない。

全ての感覚が彼の気配に向けられている。

彼に対して,悲しいほど情けないほど気を使うわたし。

わたしは今にも壊れそうな人形。

感情を押し殺し,精一杯泣くの我慢している。



白い猫が尾を立て凍った空気を切り裂いて行く。

彼の手は皮ジャンにつっこまれている。

「死にゆく俺を・・待つんじゃない」

そんな彼の手を取った。

まさか死にはしないでしょうけど

明日,彼は仕事で海外駐在に旅立つ。

10年は帰らないから,わたしに待つなという意味。

「遊びに行ってもいい?」

「世界の最貧国だ。1日として耐えられないさ。」

「でも行きたい。」

「だめだ。危険すぎる。君が来ると荷物になる。

誘拐されて身代金を要求される。それも、君が殺された後にさ。」

今夜が最後という思いが,わたしを大胆にする。

大胆になったわたしは・・

彼の手を取ることしか出来ない。

そう,わたしにできることはそのくらい。

臆病ですぐに緊張してしまうわたし。

こんな時に気の利いた話もできない。

はっきりしているのは死に行くという彼が好き。

はっきり気持ちを伝えられない自分に対する怒りの気持ち

悲しみ、情けなさ。・・・ため息。



城跡の松の上には満月。

くっきりと影を従えて白い猫が気取って歩いていく。

わたしたちもついていく。

足音がしているはずだけど何も聞こえない。

頭の中には血流が押し寄せ脈は最高潮。

完全に舞い上がっている。わたし。

猫にどんどんついて行く。

彼の手を力をいれてにぎってみる。大きな手があたたかい。

わたしは今,自分の手のひらにさえも脈を感じている。



猫が案内したのは小さなお茶室。

白い猫は尾を立てて,

自分の身体の幅だけ障子を開けると

音も立てずに入っていく。

わたしは彼の手を離し靴を脱ぎ,障子を大きく開けた。

猫がすみで丸くなっている。

狭く天井の低い茶室。

月の明かりが差し込む部屋。

彼は靴を脱ぎ部屋に入った。

わたしは彼の靴をそろえた。

背の高い彼は頭が天井にぶつかりそう。

背を曲げ、いたずらな少年のように

ポケットに手を突っ込む。いつものポーズ。

わたしは彼の胸に身体をくっつけ

「抱かれたい」と思う。

だけど恥ずかしがり屋のわたしは何も言えない。

脈がうるさいほど高鳴る。

彼の匂いにつつまれ,あたりはふんわりあたたかく

怒りも悲しさも情けなさも消えていった。

ずっとこのままでいたいと思った。

そう,わたしにとっての「抱かれたい」はこのままって意味。


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