投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

キョウゴ
【その他 官能小説】

キョウゴの最初へ キョウゴ 6 キョウゴ 8 キョウゴの最後へ

アヤノ-3

痛みという感覚の他に、唯一はっきりしていたのは視覚だけだった。
その視界にはキッチンがあった。
そして私はそのキッチンへと向かい、まな板の上にあった包丁を握った。
まるで何かの映画の観客になっているかの様だった。
何も考えられないはずの私の頭が、心を無視して私の体を動かしている。
そして私の頭が最後に命令した事は、大好きだったはずの修に、包丁をつきたてる事だった。
包丁を握った手に、彼の背中に刃先が刺さる感覚が伝わった。
そして私の頭からの命令は途絶え、私は再び意識を失った。


「じゃぁこの調書にサインして。」
私の取り調べを行った中年の男性刑事が言った。渡された紙には、私が修に包丁をつきたてるまでの出来事が克明に記されていた。
『はい。』
私はそれに従い調書の一番下にサインと母印を捺す。

私が意識を失った後、部屋の異変に気付いたアパートの隣に住む住人が警察に通報し、事件は明らかになった。
私が部屋で目を覚ました時、既に修の姿は部屋には無かった。その代わり何人もの知らない男の人がいて、その人達は代わる代わる私に事の説明を求めた。
そして修を刺したのは私だと話すと、そのまま最寄りの警察署へと連れていかれ、今に至る。

母印を捺し終え、私は机を挟んで向かい合うように座っていた男性刑事に尋ねた。
『あの…、修はどうなったんでしょうか?』
しかし、男性刑事は私の問いに答えてはくれなかった。
そしてそのまま調書を手に部屋を後にし、部屋には私と取り調べの様子を記録していた若い男性刑事だけが残された。
年齢は20代半ばだろうか。少し長めの後ろ髪のせいか、この場所で出会っていなければ刑事という職業にはとても見えない。
「オオシマ アヤノさん。」
これまでずっと口を開かなかった若い男性刑事が言った。
「俺達は立場上、まだ君の恋人の生死や問われる罪について話す事は出来ないんだ。」
私をなだめる様な優しい口調で言った。
『そうなんですか…。』
「あぁ、すまない。ただね、これからある男の人がこの部屋に来て、君に色々事情を聞く。その人は俺達警察の人間とはまた立場が違う人でね、君の恋人の生死についての守秘義務は無いんだ。」

―この人は何を言いたいのだろう??―

私はその意味がうまく理解出来ず、不安気な表情を男性刑事に向けた。
「だから、恋人についてはその人に聞いてごらん??」
『………はい。』
私は小さく頷き、返事をした。
私の偏見かも知れないが、刑事という職業の人に、こんなに優しい言葉をくれる人がいるとは思っていなかった。
そんな言葉のお陰が、私の張りつめていた神経の糸が、ほんの少しだけ緩んだ気がする。

「―コンコンッ」
部屋のドアが静かにノックされた。
「恭吾さん?どうぞ。」
部屋のドアが開くとそこには、背の高いスーツ姿の男性が立っていた。

“恭吾さん”と呼ばれた人は、男性刑事に軽い挨拶をすると私の向かいの椅子に腰を下ろした。
「最初に知っておいて欲しいんだが、俺はこのお兄さんとはちょっと仕事が違うんだ。」そう言って男性刑事を指差す。
「俺は麻薬取締官って言う仕事をしていてね?麻薬の製造や密売を摘発したり、麻薬による中毒に苦しむ人を助ける仕事なんだ。」
私は一瞬背筋が震えるのを感じた。
この人は修の隠していたドラッグの事を私に聞きに来たのだろう。
そう思うと、私の瞳からは涙が溢れた。
『グスッ、うっ、ご…めんなさい。わた…し、今まで彼が……ドラッグに手を出していたなんて………、知ら、なくて……。』
私は途切れ途切れ、そう答えた。


キョウゴの最初へ キョウゴ 6 キョウゴ 8 キョウゴの最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前