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愛人
【SM 官能小説】

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愛人-6

わたしは鏡の中に写った自分の姿に封じられた記憶の断片をもがきながらたぐり寄せ始めていた。鏡の中のわたしは、いつもまどろむように夢を見ていた。鏡には、もうひとりのわたしが写っていた。その姿は、まるで淡い月灯りに照らされた樹木のあいだに漂うベールのような薄靄に包まれていた。
大人びた裸の少女……鏡の中の淡い灯りの中にからだを浸しているのは十七歳のときのわたしだった。暗がりのなかにじっと息をひそめ、まるでわたしを覗き見しているような、それでいてぼんやりとした得体のしれない虚ろな微笑を澱ませていた。蒼白い輪郭は、鏡の中で透明の光を放っている。十七歳の自分のからだがこんなに眩しいとは思わなかった、なぜか愛おしく、耐えがたいほど。
森の中の男に犯された肉体の苦痛だけを覚えている、それなのに苦痛の悪寒と息苦しさは、甘美な記憶として今のわたしの体の寂しさを癒してくれる。心と肉体に与えられた屈辱と苦痛にあふれた強姦という腐刑は、この上ない至福の情念へとわたしを導く。そのためにあの森は存在している……あの男とわたしだけのために。今夜もわたしは、夢の中で来るはずのない男を森で待っていた。どうして待っているのかわからなかった。わたしのものを奪った男なのに。でもわたしは彼の顔を思い出せない。なぜなら、彼はけっして開くことができない記憶の奥に封じ込まれているのだから。

 
「服を脱ぎなさい……」
 津村さんの声はよく響いた。それは支配的で愛人のわたしに向けられる声として、とてもふさわしい、美しい響きをもっていた。明るすぎる光は四十五歳の女の身体を羞恥に晒すには申し分ないものだった。
「自分の手で着ているものを、ぼくの目の前ですべて脱ぎ捨てなさい……」鋭利で重みのある声が壁に反響した。
 わたしはそれを拒むことはできなかった。まるで彼の声と視線に操られるようにひとりでに指が蠢いた。ブラウスとスカートが、そしてスリップが、ストッキングが、ショーツが、体温を含んだまま床にするりと剥げ落ちた。眩しいライトの光が肌の毛穴の隅々まで羞恥で焦がすようにじりじりと照りつける。
彼は無表情のままバッグの中から取り出した首輪と手錠をなれた手つきでわたしに嵌めた。冷たい金属の感触が首と後ろ手にされた手首の皮膚に伝わる。彼はわたしを立たせたまま満足したようにソファに深々と腰をおろし、わたしの裸体を眺め尽くす。

「昔の自分を想い出すんじゃないか……」そう言った彼の冷ややかな視線がわたしの心の奥底に潜む恥辱を、まるで花びらを千切ったばかりの花蕾を弄るようにくすぐった。
わたしの裸を晒したライトの灯りはあまりに眩しく、その光に煽られるように彼の視線はわたしの肉体に刻まれたものを淫らに探っていく。染みも、皺も、色あいも、滑らかさも、そして密生した陰毛の濃さと毛先の萎れ方さえも。それなのに彼にえぐられるように見つめられれば見つめられるほど、からからに渇いた肉体の細胞から絞り出されるように雫が滴り始める。
彼はわたしにアイマスクをした。ぴったりと瞼の窪みを覆い、すべての光を遮断する。そして何も見えないわたしはもっともっと裸にされていく。彼の声と視線によって、まるで心と肉体の奥底まで毟られ、えぐられるように。わたしは彼の気配だけによって十分な恥辱と淫らな情欲の想像に浸ることができる。
「とても、きれいだ……」
津村さんの声がとても近く感じる。耳たぶに吹きかけられた声が鼓膜をすっと震わせる。何も見えない。見えないのにひたひたと押し寄せてくる彼の気配。そして突然、彼が吐いた言葉は、わたしを明らかに羞恥の沼底に突き落とした。

――きみは処女なのか……

どす黒い色を孕んだ恥辱が胃の中から込み上げ、蕩けはじめ、からだに擦り込まれていく。わたしは微かに火照った顔を彼の視線から背けた。
「勘違いしないで欲しい。ぼくは、処女にこだわっているのではなく、きみの心と肉体に潜む《処女性》に興味があるんだ」と彼は言った。
「無防備で、無抵抗な純潔という呪縛、それに対する怯えと快感。そんな呪縛に囚われた女性ほど美しいものはない。そういう女性は、ぼくを遠い記憶に導いていく唯一の女性となる……恋人でも、妻でもない存在として」
「わたしは、あなたの愛人だわ……」
 彼は笑った。
「アイジン……きみがぼくの愛人とはおもしろい。そうかもしれない、ぼくは愛人としてきみを必要とし、もしかしたらきみは、ぼくの遠い記憶の中の女性になり得る存在なのかもしれない」
「記憶の中の女性って、いったい誰のことなのかしら」
「ぼくを性的に不能にした女性さ……」と言った彼の言葉が曖昧な響きを孕んでいたことをわたしは敏感に感じ取った。なぜかそう思ったのかは自分でもわからなかった。


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