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愛人
【SM 官能小説】

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愛人-13

 ………

 エピローグ

津村さんと愛人として触れあえた期間は一年ほどだった。
あの日、森にふたりで出かけたときが彼とすごした最後の日だった。あの出来事があってから彼はわたしの前から消え、わたしの前にふたたび現れることはなかった。男に犯され、気を失っているあいだに津村さんの姿は森から消えていた。その後、携帯電話は通じることなく、別荘は鍵がかけられ、人の気配はなかった。彼からの連絡は途絶え、キミエ夫人とも会うことはなかった。そのとき、わたしは愛人としての自分の役目が終わったことを知った。
わたしは、津村さんに十七歳のとき森でおこった自分のことを話すことはなかった。わたしの過去について、どんなことも彼に話してはいけない……それが、わたしが彼の愛人になることの夫人の条件だった。彼女は知っていたのだ。十七歳だったわたしと津村さんのあいだに起こったあのことを。

十二月になったというのに暖かい日々が続いている。三年ぶりにわたしはカフェをおとずれていた。津村さんがいつも檸檬ソーダを飲んでいた外の席に座ると、頬をなでる風も、光も、遠い時間も、何も変わってはいなかった。今にも彼がジョギング姿で目の前に現れるような気がした。

突然、送られてきたキミエ夫人から手紙だった。わたしは、津村夫妻があれからフィンランドに永住の地を求めて旅立っていたことを知った。手紙では、津村さんが病で半年前に亡くなったことを告げていた。茫洋とした白い時間だけが脳裏を音もなく流れていった。なぜか涙は出なかった。泣きたいのに泣けなかった。彼とのあまりに透明な記憶が完璧によみがえり、その記憶を切なく胸に抱いたとき、愛おしいものが込みあげてきた。それは、とらえどころがないのに、わたしにとっては、かけがえのないものに思えてきた。


……様へ

あなたとお別れしてから早いもので、もう三年もたつのですね。あのときは最後のお別れを告げることもなく、あなたの前からいなくなったことをゆるしてください。
実は、あなたにだけはどうしてもお知らせしておかなくてはとこうして筆を執ったしだいです。
夫は半年前、一年ほどの闘病生活の後、静かに息を引き取り、六十三歳の生涯を閉じました。フィンランドの空と森の光に充たされた、とても安らかな顔をした最後でした。その日は夜明け前に一度目を開け、そしてふたたび目を開けたのは夕焼けの直後でした。そして二度と眼を開くことはありませんでした。
フィンランドでは朝と夕方のわずかな時間に、深い森や湖が青く美しい光に包まれます。夫はきっとこの瞬間の森の風景をいつものように見たかったのだと思います。死の直前、夫はじっと耳を澄ましていました。窓から見える遠い森に向けて、息をひそめて何かを聞き取るように。そして彼は独り言のようにつぶやきました。森の中から聞こえてくる女性の声は、きっと樹木の葉から垂れた雫の音だったに違いない、それが夫の最後の言葉でした。

私は夫とあなたにあいだに起こった過去のことを知っていました。なぜなら夫の古い日記を悪いと思いながら盗み読みをしたのです。ごめんなさい、あなたと最初に出会ったときに言うべきことでしたね。夫は、もちろん森の中での出来事を私に語ることはありませんでした。彼が語らないことに戸惑う私は自問を繰り返し、夫の記憶の中にある女性に苦しみました。

夫は自分の過去の出来事をどこまで事実としてとらえていたのかわかりません。もしかしたら、あの森で少女を犯した男が自分ではないと思っていたのでしょうか。それは現実に起こったことではなく、もちろん自分に起こったことでもない、ただ、少女という虚像が森の雫の音となって自分から欲望を奪い去った……でも、その少女のことが忘れられなかった。夫の手記からはそう読み取れました。
私はその少女のことをずっと知りたいと思っていました。実は、あるとき、あの森の中で偶然、私はあなたを見かけたことがあるのです。森の雫の音に耳をすましているあなたの姿を。おそらく、あの場所は夫とあなただけしか知らないはずです。私はあなたのことを調べ、あなたがあのカフェに日曜日の朝にいることを知りました。私は夫の過去の記憶の中の女性があなたであることを確証しました。


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