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愛人
【SM 官能小説】

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愛人-11

 わたしはようやく言葉を発することができた。
「曖昧な記憶って、どういうことなのかしら……」彼の端正な横顔に視線を注ぐ。
「ぼくはその少女を無理やり犯したかもしれない……でも、今ではその事実さえ現実のことだったのか、想像だったのか、記憶は定かでないんだ」そう言うと津村さんは急に押し黙り、樹木のあいだにゆっくりと流れる白い雲を見上げた。

まちがいなかった……わたしを奪い、わたしに与えられた、わたしが待ち続けていた男は、今、こうして肩を寄せ合っている津村さんだった。高まる胸の鼓動とともに身体が強ばり、小刻みに震える。わたしは彼に気づかれないようにもう一度、深い息をして平静を装った。

「そのとき以来、ぼくは欲望を失った、少なくとも性愛に対する欲望を。ぼくはその少女を強姦したかもしれないという記憶によって、そのときから性的に不能になった。どんな女性とも行為を交わすことができなかった。ぼくはそのことを隠して妻と結婚した。それは暗黙の内に妻を苦しめた。どんなに妻を愛していたとしても一度として性交のない夫婦の関係が健全なものであるはずがない。ただ、ぼくは妻にどんな欲望をいだいていいのかわからなかった。少なくとも、ぼくは妻をあの森の中の少女のように《犯す》ことはできなかった。でも、それはぼくに別の欲望を生んだ。精神的に、肉体的に、そして性的に、《その女少女を犯したこと》によって何かに重い罰を与えられたような《ある種の罪の意識という抑制感》をいだくようになった……」
「あなたは、その少女を犯したことによって逆に自分を奪われてしまった……」わたしは彼の方を振り向くことなく独り言のように小さくつぶやいた。
「そうかもしれない。少女を犯したあと、何かに惹かれるように何度もこの森にやってきた。彼女とふたたび会うためにひたすら森の中をさまよい、森に潜み、彼女を待ち続けた。澄みわたった空の青さや太陽のまぶしさにどれほど見とれていたとしても、ぼくは彼女を奪い、逆に彼女に自分を奪われたことによって、ぼくの心と肉体の奥底に潜むものが確かに変質していることを感じ取ったんだ」そう言って彼はわたしを強く抱き寄せた。


わたしは目を覚まし始めた森のなかに忍び込んでくる太陽の光、風の気配、樹々のざわめき、鳥の啼き声、森の中から聞こえてくるあらゆるものに耳を澄ました。いや、瑞々しい雫が滴る音だけを聞き取ろうとしていた。
ふと風が止(や)み、樹々のざわめきが聞こえなくなった。生あたたかい森の匂いがわたしの肌を包み込み、彼の影が強い力でわたしの身体をとらえた。からだが彼の腕のなかで立ち迷い、身悶えする。彼の優しげな指先が頬に触れ、片方の手が背骨をなぞるようにすり降り、腰を引き寄せた。重ねられた唇に森の雫の匂いがした。わたしは彼のすべてを感じとっていた。

そのときだった。白い煙がわたしたちのまわりを包み込んだような気がした。わたしの体から彼がすっと消えたような気がした。浮薄な太陽の光が消え、彼の顔が見えなくなった。見えないのに、煙るような光をこもらせた誰かの視線だけがわたしの顔に注がれているような気がした。刺激のある臭いが鼻をつき、意識が朦朧としてきた。そして激しい眩暈がすると、身体が地面に崩れ落ちるのを感じた……。


どれほどの時間かわからなかった。大樹の根元にもたれかかるように座り込んでいたわたしの頬に滴った冷たい雫でふと眼を覚ました。いつのまにわたしは気を失っていたのだろうか。森はいつのまにか薄らとした闇に包まれていた。津村さんはどこにいるの……わたしはまわりを見わたしながらあわてて立ち上がる。

いた‥…津村さんがいた。無残な姿の彼が。衣服を引き裂かれ、全裸に近い姿で樹に縛りつけられた彼が。うなだれた顔の中の虚ろな瞳と薄く開いた唇、引き締まった胴体の下半身にむき出しにされた痛々しい性器……。

よろよろと草をかきわけ、彼の傍に近づこうとしたときだった。背後に感じた黒い影……。次の瞬間、わたしは露に濡れた草むらの上に強い力で押し倒され、後ろ手にねじあげられた手首に手錠をかけられた。伸びてきた浅黒い腕の先のざらざらとした手がわたしのブラウスの胸元を引きちぎり、ショーツを引き裂いた。体のあらゆる部分が暴力的にまさぐられ、地面に押さえつけられた。


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