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【箱庭の住人達〜荊の苑〜】
【学園物 官能小説】

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第四話-2

  ◆  ◆  ◆

 周囲に視線を走らせると気配を確認する。廊下も二箇所ある階段からも、人の気配はしない。
 窓の外は明るいのに、建物の向きの関係でかここは光があまり入らない。運動部の活発な声が届く薄暗い廊下で、これから始められる行為を思い孝顕は皮肉気に唇を歪める。

 放課後。

 腕時計で時間を再度確認すれば、約束の時間から三分ばかり過ぎていた。このまま引き返したくなる身体を無理矢理従わせると、ノックをして家庭科準備室のドアを開く。
「一年C組の夜刀神です」
 名乗ると奥から声が返ってくる。ドアを閉め鍵を掛けた。並んだスチール棚で多少狭くなっている室内を進むと、突き当りには窓があり、作業用の大きな台が置かれ広くなっていた。一方の壁際には合皮の長椅子が二つ並べて置かれている。反対側の壁にも棚があって、中には食器類と調理用具が見える。隣の家庭科室へと続くドアもあった。
 返事をした本人は、窓際に無造作に置かれている背凭れの付いた白い椅子に腰掛け、ファイルを開いて書き物中だ。椅子は実習用なのか、ホテルの宴会場にあるような一人がけの椅子で、部屋の隅に同じ物が複数積まれている。
「久しぶりね。来てくれてほっとしたわ」
 佐伯はファイルを閉じると脇によけ顔を上げる。孝顕を気安い笑顔で迎え片手を差し伸ばした。孝顕は作業台の上に鞄を置くと彼女の脇に立ち、伸ばされた手に身体を任せる。
「この前はどうしたの? 電話したのに、連絡をくれなかったわね」
 佐伯は孝顕を見上げながら、目の前の細い腰に腕を絡めてゆっくりと撫でる。表情も口調も穏やかだったがどこかわざとらしく、責めるような色がある。
「すみません、携帯が充電切れで……。履歴を確認したのは今日になってからなんです。
 昨日は祖父のお見舞いに行ったのでマナーモードにしていたんです。そのまま戻すのを忘れてしまって。朝見たらバッテリーが切れていて、どうには充電はしたんですが……」
 感情を抑えた抑揚のない声で淡々と話す孝顕に、佐伯は探るような目を向けた。
 孝顕の父方の祖父が病気療養中というのは事実だ。実際に一度、病院から学園に連絡が入って早退したこともある。バッテリーの話もマナーモードの戻し忘れもよくある事だ。矛盾はどこにも無い。
 脳裏に、数日前に見たポニーテールの少女がよぎる。孝顕のガールフレンドだ。彼女と会っていたのでは? そう思うが、無表情に近い孝顕からは嘘か本当かまでは読み取れない。
「そうなの……」
 佐伯はとりあえず納得して頷いておいたが、心の中には疑念が残っていた。
 彼女が出来て以来、孝顕は佐伯の呼び出しを度々断るようになった。他の少年なら、相手に夢中なのだろうと納得も出来る。だが二人の場合、何となく兼山が一方的に熱を上げているように思えた。孝顕からは恋愛に浮かれている人間の、きらきらした熱量を感じない。
 視線は重なっているのに、何処を見ているのか分からない黒い瞳を、佐伯はじっと覗き込んだ。
「祖父は、このところ容態が不安定で……」
 ポツリと言葉を落とすと孝顕は顔を俯けた。睫毛で翳(かげ)る瞳が僅かに揺れ、何かを堪える様に唇がきゅっと歪む。
 二人きりでいる時は基本的にこれといった感情を出さない孝顕の揺らぎに、佐伯がはっとする。
「ごめんね、夜刀神君」
 腰に絡めていた手を背中に添えると、少年がゆっくりと床へ膝をつく。佐伯はもう片方の手も伸ばし、彼の頭を胸元に抱き寄せて優しく撫でた。
「いいのよ。きつい言い方して御免なさい。お爺さんの事、心配ね」
 孝顕が身じろぎ少しだけ顔を上げると、佐伯の唇が額に触れた。目蓋や鼻筋へと慰めの唇を落としていく。目蓋を閉じてじっとしていると、次第に佐伯の口付けが艶めかしい物へ変化し始めた。


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