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愉楽
【SM 官能小説】

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愉楽-4

「えっ、そうお見えになるかしら。ずっと昔はそうでございましたよ」
わたくしは久しぶりに目の前にした若い男性に、見えすぎる自分の眼と感じすぎる肌奥に淫弄
な欲情をそそられていたのは違いなかったようです。彼の薄い唇は甘い淫蕩に濡れ、なめらか
な首筋の白さには、どこか澄んだ夜気のようなものが漂い、夫の指とまったく違った、優雅に
伸びたガラス細工のような指先は、まるで美しい深海魚の口先めいて今にもわたくしのからだ
の上で蠢き始めそうだったのです。

「ずっと昔というと、ここは旅館ではないのですか」と、彼は意外な顔をして尋ねた。
「以前は旅館でしたが、今は閉めて主人とふたりでここに住んでいます」
 わたくしの唇から零れた主人という言葉に彼は不意に何かを感じたように目を細めました。
そのとき彼は初めてわたくしが彼の叔父の妻であることを知ったようでした。

「あなたがナオミさんなのですね、叔父様とご結婚されたという……初めまして、ご挨拶が遅
くなりました。玉木リョウキチの甥のタクヤと言います」と言った彼の視線は、わたくしを
人妻ではなく、《ひとりの女》として欲しがる男の視線だったことを敏感に感じ取ったわたく
しは、ますます彼に対して気恥ずかしさを感じたものでした。


殿方のものが恋しくなればなるほど充たされない密かな苛立ちは募るもので、これはほんとう
に女の性(さが)のわがままとでも言えるものかもしれません。そもそも不能であった夫の指
の行為(それはとても行為と呼べるものではないのですが)が、わたくしを、性愛としてほん
とうに充たすものではなく、肌毛を毟られていく鳥のような冷ややかな卑猥さを含み、やがて
わたくしのタクヤさんへ悩ましい想いを夫が敏感に感じとり、微かな嫉妬というものに主人を
追いやるのに時間はかからず、タクヤさんがこの家に来てからというもの、主人の様子が変わ
っていくのは明らかでした。


ほんとうにもしもの話でございますが、わたくしに好きな殿方がいるなら、わたくしはからだ
の隅々まで念入りに磨き、髪を解き、たっぷりと時間をかけて化粧もいたします。どんな殿方
でもよいというわけではございませんが、求められれば、どんなことも拒むことなく素直に受
け入れる覚悟もございます。

夫は、化粧鏡の前で念入りに化粧をするわたくしを見て、最近、化粧をする時間が長くなった
のではないか、どこかに出かけるわけでもないのに、とわたくしの心の奥底をうかがうような、
おそらく化粧をすることがタクヤさんのためであることを、夫自身がいかにも知りえているよ
うな嫉妬に充ちた口ぶりでした。


あれはタクヤさんがこの家に来て五日目のことでした。主人はわたくしの目の前に、あのいか
がわしいものを突きつけ、けっして、ナオミを信用していないわけではない、わしを安心させ
るためのものだと思って着けさせてくれと言ったのです。

それがどんなものなのか、わたくしは最初、想像もつきませんでしたが、主人が手にしたもの
は堅牢な合金で造られ、黒革で裏打ちされた、きわめて精巧に造られた貞操帯だったのです。

こんな恥ずかしいものをなぜわたくしが着けなければならないのですか。安心っていったい
どういうことでございますか、まさかわたくしがタクヤさんと間違いをおこすとでも、あなた
は本気で思っていらっしゃるのかしら。


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