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愉楽
【SM 官能小説】

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愉楽-1

あれから何年になりましょうか……舞子さんとあの療養所でいっしょに過ごしたときから。

舞子さんより二十歳以上も歳がいっておりますわたくしは、今年は七十歳を迎えました。舞子
さんが療養所を退院されてから、わたくしも一年ほどして退院し、今は伊豆の家で静かに余生
をおくっております。古い家でございますが、もともとは旅館であったことから、わたくしが
ひとりで住むには広すぎるほどでございます。幸いなことに主人は資産家でございましたから、
わたくしはかなりの財産を受け継ぎ、それなりの生活をおくれることを、とても夫に感謝して
おります。

古い旅館は海を見下ろす岬の森閑とした森の中腹にございます。風光明媚なところですが、最
近は観光客の姿もあまり見なくなりました。夜になると吹いてくる風は夏でも冷え切り、旅館
を囲む樹木の枝が軋む音のすき間に野鳥の啼き声が哀切に漂うと、どこかわたくしの中をくす
ぐるように梢の葉がかさかさと音を響かせます。


 玉木リョウキチに嫁いだのは、わたくしが五十七歳のときでした。それまで殿方に縁がなか
ったわたくしは、少々、恥ずかしいのですが初婚でございまして、ひとまわりほどわたくしよ
り歳上ののリョウキチもまた初婚でございました。
わたくしの歳の女が殿方に嫁ぐということに、正直いって躊躇いたしましたが、そもそもわた
くしには結婚において、伴侶となる殿方を選ぶ自由はなかったのでございます。

両親がいなかったわたくしは、旅館を営んでいた遠い血筋であるサエキ夫婦に養女として育て
られ、長年、旅館の看板女将として仕えましたが、恥ずかしながらサエキは多額の借金を抱え
ていました。サエキ夫婦は旅館を離れ、息子夫婦の住む大阪に転居し、旅館の処分と借金の
返済を古くからの知り合いである玉木リョウキチにゆだねたのでございます。ただ、その代償
として、わたくしが玉木のもとに嫁ぐことが条件でございました。

サエキ夫婦は、ことあるごとにわたくしにリョウキチを結婚相手として勧めました。ナオミ、
リョウキチは歳はいっているが、実に気のいい、優男だ、おまえもその歳になってそろそろ身
のふり方も考えないといけない。そうよ、ナオミさん、女がひとりでいつまでもいるなんてい
けないわ。

これまで結婚をわたくしに勧めたこともないサエキ夫婦の言葉でしたが、いえいえ、わたくし
は借金の身代わりなどとけっして思ってはおりません。
七十歳近い年齢ながら、今だに柔和で端正な顔つきの面影を残した玉木リョウキチは、何より
も、もわたくしと余生をともにしたいという強い希望を申し出ていましたし、そのとき彼の
《特別な性癖》を知らなかったわたくしは、自分では古風な女であるなどとは思ってもいませ
んが、この殿方をわたくしの残りの生涯において決められた伴侶として受け入れることを拒む
ことなど考えもしなかったのでございます。


リョウキチは、ずっと東京で貿易会社を経営しておりましたが、わたくしとの結婚を機にこの
街に戻り、この旅館を新居として住むことになりました。ただ、まだいくつかの仕事が残って
いたこともあり、東京とこの街を行ったり来たりしており、家を空けることも多かったのでご
ざいますが、夫はそれなりに優しくわたくしと接してくれて、それは恋い焦がれていっしょに
なった若い新婚夫婦とまではいかないものの、余生を睦み合う友人同士の感覚とでも言いまし
ょうか、それはそれなりに楽しいものでした。


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