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One lives
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one lives two case-5

レイは中身の無いジョッキをあおる。アルコールが入っていないことをきっと彼は知っている。平静を保つように傾けられたジョッキは、無為に再びテーブルに置かれた。
「見るよ」目線を逸らして呟いた、今までで一番感情の篭っていない声。
「うん、見る。と言うより、いる。もう一人の僕は、ずっとずっと昔から、それこそ君に出会うずっと前から僕の隣にいる。そして絶えず僕を否定し続ける。お前は不必要な人間だ、と。眼前で動く人間とは違う。希望を持った彼らとは違う。お前は何を望むことも出来ない、何を望まれることも無い、完全に『望みに絶たれ』世界の枠からあぶれてしまった、ひとりの孤独な人間に過ぎない、と」
あぁ、何てこと。
抱えている悲しみ。その底なしの絶望は、癒されること無く彼の中で澱んでいる。
それは独白だった。彼を暗闇の中にひとりにしてしまった、その末路だった。
「ソレは言う。お前は光に満ちた世界に耐えられない。自身、それに対抗すべき光を持っていないからだ。けれど俺なら耐えられる。それを打ち消すほどの闇を、内に棲ませている。
だから代われ。俺と、代われ、替われ、変われ、飼われ、カワレ・・・」
レイは涙を流しながら喋る。
私も気付けば泣いていた。
「ごめん、レイ。私が気付いてあげるべきだった。ごめん、ごめんね」
「違うよ、祥子。それでも僕は君に救われていたのさ。君がいなければ僕は、きっと壊れていただろう。君が僕を想っていてくれていなければ、僕は飲み込まれていた」
「四年間よ。それだけ長くいながら、あなたの苦しみを理解できなかった。それは許されるべきことではないわ」
それに今は?
私と別れてしまった今は?
きっとあの頃よりもつらい日々だろう。
「僕のことよりも、君は今すべきことがある」
弱々しく笑いながら、彼は言う。優しくて、哀しくて、私は自分を許してしまいそうになる。けれどそれは出来ない。
「僕は大丈夫だから。今までやってこれた。だからこれからもやっていける」
それは願望に聞こえた。
決意にも受け取れた。
けれど、きっと足掻きなのだろう。
世界は光に満ちている、と誰かが言った。私たちを動かすのは、輝かしい未来を迎えようとする、ささやかな希望だ。誰もがそれを心に秘める権利を許されている。叶うかどうかなんて分からないけれど、叶えようとする行動が明日を彩っていく。
そんな僅かな希望さえ、手にすることが出来ないひとがいる。
手にすることを怖れているひとがいる。
私はどうすればいいのだろうか。
彼らの未来を、輝かせる為に。
「誰か本当に自分を必要としてくれる人を探すんだ」レイは言った。
「僕が君と抱き合うたびに、もう一人の僕は希薄になった。彼は自分よりも信頼を置く誰かを恐れる」
その言葉に、私はひとりの女性を思い出した。彼女ならば、岬さんを。私はすぐに席を立った。
「ありがとう、レイ。また連絡する」
「うん、頑張って。英次くんを救うんだ」
飲み代を払って、彼女は小走りに店を出て行った。
暫く時間を置いてから、僕も店を出る。
ガラガラ、とドアを開けると、彼がいた。
「おいおい、まだ夜中だぜ。君が出るには早すぎる時間だ」
『まぁ、そう言うなよ。一人よりも二人ってね』
「一人だよ」
『まぁ、そうだがね』
僕は腕時計を確認した。あと数時間で、彼は発言力を増す。
『変わってなかったね、彼女』
「そうだな」
『けれど結婚していた』
「そりゃするだろ。もういい年だ」
夜の道を、一人ごちながら歩く。
『強がるな。また孤独に近づいたってことだ。さっき言ったな?自分を必要とする誰かを探せって。君にはいるのか?あの女は誰かのものになっちまった。君にはいるのか?』
「黙れよ」
『あぁ、いいさ。また後でな』
随分と、空っぽになっちまったなぁ。
呟きながら、ソレは消えた。
アルコールがまわっているのだろうか。暗闇で道路標識が見えず、帰り道がよく分からなかった。
暗闇で、行き先が分からなかった。
明日への道筋が黒く揺れていた。
おぼつかない足元。
冴えない思考。
見えない未来。
希望など、持てる要素が見当たらない。
絶望が、肩を揺らして笑っている。
僕のすべてを笑っている。


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