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マリア
【その他 官能小説】

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マリア-10

 倉田の場合はボルネオの話もアマゾンの話も何処まで本気で言っているのか分からないようなところがあるが、この婆さんはすっかり信じ込んでいるらしい。欲に眼がくらむとこんな大風呂敷でも有りそうな話に思えてくるのだろうか。その割には1000億単位の話にたった1000円の袖の下というのはみみっちい話である。しかし祐司はちょっとからかいたくなって金を受け取っただけで、たかが1000円の金を欲しかった訳では無い。ガン保険か年金保険のパンフレットだと思うということはちゃんと言ったのだし、今度来たらそれを送ってやるだけのことである。今度倉田が来た時に喜ばせてやるいい土産話が出来ると思って1000円を受け取ったのであった。あちこち歯の欠けた口を大きく開いて子供のように大笑いする倉田の顔が目に見えるようである。

 遅いランチを終わって事務所に戻ると電話が鳴っていた。急いで取ると若い女の声でマリアと名乗り、社長さんはいますかと言う。喋り方からして外人では無さそうなので、何処かの店のホステスなのだろう。
 倉田は糖尿病だから酒は1滴も飲めない。飲んだら死ぬ、飲んで悪くなっても治療はしないと医者に宣告されてしまったらしい。しかしナイトクラブが大好きで、飲む話となるとまず断らない。ましてそれが誰かの奢りだということであれば少々の都合はやりくりしてしまう。そしてウーロン茶を飲みながら孫のような年頃の若い子をからかっている。年期の入ったベテランのホステスよりも素人に毛の生えたような若い子が好きで、あんた何色の下着穿いてるんだなどとやに下がって喜ぶ。そして飲みに行く時は必ず祐司を伴う。勿論祐司は引き立て役だが、それだけでなく、緊急時のアンパン購入係りでもある。近頃は何処にでも24時間営業のコンビニがあるからその点は助かるが、昔の糖尿病患者は苦労しただろうなと思う。
 尤も甘ければ何でもいいのだろうから、砂糖を持ち歩いたら如何ですかと倉田に言ったことがある。すると倉田は、砂糖なんか不味くて食えないと言う。不味くて角砂糖1個食べるのがやっとで、それでは足りないのだそうだ。薬なら不味くても我慢しなければいけないでしょうと言うと、美味い薬があるのに不味い薬なんて飲めるかと言うのである。そんな調子で祐司も倉田のお供で飲み歩いているから、いちいちホステスの名前など覚えてはいないのである。

 「はい。私です」
 「あ、社長さんですか。私マリアです」
 「はい。マリアさんですね」
 「あの、今日都合を付けて下さいませんか」
 「今日? なるほど、ちゃんと給料日がいつ頃か分かっているんですね」
 「厭だ。社長さんに給料日も糞も無いじゃないですか」
 「あ、僕は雇われ社長だからそこらのサラリーマンと同じ。唯の月給取り」
 「いやだわ、ご謙遜して。それじゃ何時に来て下さるかしら」
 「えーと、店は何処だったっけ」
 「上野か御徒町で降りてお電話下さればすぐ迎えに行きます」
 「ほーう。それじゃ軽く食事して7時頃でいいかな」
 「いいですよ。それじゃ○○○○−○○○○に電話して下さいね」
 「分かった」

 祐司も女に失敗して職を失ったくらいだから女は大好き、女と飲むのはもっと好きなのである。名前は覚えていないが、どうせ顔を見れば思い出すだろう。たまには倉田抜きで自前で楽しく飲んでみたい。五反田から山手線で上野駅までは直ぐである。
 電話すると立っている場所を指定されて、其処で待つことおよそ20分で黒い高級車が来た。タキシードを着た運転手が降りて、『高木社長さんでいらっしゃいますね。マリアさんからのお迎えでございます』と丁重に挨拶された。これは余程の高級クラブだなと思い、ちょっと財布を心配したが、給料を貰ったばかりだからまあなんとかなるだろう。後部席にふんぞり返って景色を見たって方向音痴の祐司にはどっちの方角に走っているのかまるで見当も付かない。
 着いた所は御殿のような造りのビルで、これはクラブと言うより昔のキャバレーという感じの店だなと思った。こんな所に来た覚えは無いけれども、何処かの店で会ったマリアという女が、此処へ移って働いてるということなのであろう。


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