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疼きに喰い込む赤い縄
【その他 官能小説】

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帰宅-2

 ガチャリ。
 ドアのロックが外れる音がした。ゆっくりと手前に開いてくる。
 「直香!どこ行ってたの?ちょっと心配しちゃったじゃないか。」
 屈託ない幸雄さんの笑顔が、今の私には眩しすぎて直視できない。
 「あ、あの…散歩に行ってたの。ついでにお買い物してきたわ。」
 私が見せた買い物袋をチラリと見た幸雄さんが言った。
 「そうなんだ。随分夜更かししたんだね。それとも早起き?」
 「え、ええ、一人じゃなんだか寂しくて、じっとしてられなくなって。」
 「へえ、愛されたもんだねえ、僕は。さ、入って。」
 「あ、うん。」
 家に入ると、幸雄さんが脱ぎ散らしたスーツやシャツ、下着などが散乱していた。
 私はそれらを拾い集めながら奥へと進んだ。
 言っておくが、彼はけしてだらしない人ではない。わざとやっているのだ。ある日たまたま飲み過ぎて帰った夜に、脱ぎっぱなしになっていた服を片付けてあげたのが嬉しかったらしく、それ以来こんな風に帰宅するのが恒例になっている。私も幸雄さんの喜ぶ顔が見たくて、いつも喜んで片付けをする。
 でも。
 今日は違う。彼を裏切り、他の男から与えられる体の悦びを貪ってきた早朝に、いつもと変わらず無邪気に脱ぎ散らかされた服を一枚、また一枚と拾うたび、それはズシリと腕を重くさせた。
 「…幸雄さん、今日は午後まで戻らない予定だったわよね?」
 「そうなんだよ。」
 彼はちょっと苦い顔をした。
 「先方の都合でさ、今夜中に片付けろ、ってことになっちゃって。終わったのは0時過ぎてた。」
 「それは大変だったわね。」
 「でも、悪いことばかりじゃない。こうして早く君に合えたし、それにね。」
 クイズの答を求めるみたいに私を上目遣いに見ながら、笑顔を広げた。
 「あの展望台、覚えてる?ほら、観光道路の頂上あたりにある。」
 皮膚がザワっとした。
 「あ…、うん。」
 「なんとなくあそこに寄ってみたら、最高の景色だったよ。君に見せたかったなあ。この季節にしては珍しく空気が澄んでいたみたいでさ。」
 ブル、っと体が震えた。
 「あれ、寒いの?汗かいてるみたいだし、先にお風呂入る?それとも…。一緒にどう?久しぶりにさ。」
 「あ、ううん。私、買ってきた物の片づけとかあるし、幸雄さんの方が疲れてるでしょ?お先にどうぞ。」
 「そう?残念だなあ。」
 「また今度、一緒に入りましょ。」
 「うん!あ、そうだ、残念と言えばさ…。」
 顔を曇らせた。
 「展望台の景色は素敵だったんだけど、ちょっと雰囲気を壊すヤツらがいたんだ。」
 「ど、どんな人たち?」
 私は声が掠れ、少しどもってしまった。0時過ぎに幸雄さんの出張先から車で展望台に向かったとすれば、ちょうどその頃…。
 「真っ黒なデッカイ車が停まってたんだけど、中から声が聞こえてくるんだよ。」
 「声?」
 「うん。顔面を殴り殺されたブルドッグみたいな不細工な車でさあ。まあ、スペース効率と使い勝手を最優先にするがゆえに無粋な箱型にならざるを得ないミニバンを、顔とお尻だけ弄ってカッコつけようとするからどのメーカーのどの車種を見てもあんな悲惨なことになってるんだ。それにだな、ミニバンに走りだのデザインだのを求めるなんて見当違いも甚だしい。そういった価値とは真逆のパッケージングなんだからな。ミニバンの価値=使い勝手。以上。サイズ、重量、重心の高さ…十分なエンジンやサスペンションを張る空間すら有りはしない。実用的な使い勝手の為に、必要に迫られてやむを得ず仕方なくどうにもならなくて断腸の思いで選択せざるを得なくて乗るものなのに、わざわざあんなもんに乗って喜んでるヤツのセンス…」
 「あの、」
 車好きの幸雄さんはそっちの話になると一気に饒舌になる。特に、必要に迫られてもいないのにわざわざミニバンに乗りたがる人たちは理解不能だという話を彼はよくする。メーカーがそれに迎合して注力し、実際にたくさん売れてしまっている事を嘆き、煽ったり割り込んだりの乱暴な運転者を見かけるにつれて悲しんで、ボヤキ始めると止まらなくなる。ただし、あくまで個人的な見解であることを彼自身もしっかり認識しているので、人前ではけして口にしない。心の中で嘲笑するだけだ。
 「あのね、幸雄さん。」
 つい、割って入るような強めの口調になってしまった。
 「ん?」
 「その…聞こえてきた声って言うのは、どんな?」
 「ああ、中でお楽しみの真っ最中さ。恥ずかしげもなくヨがってる女の声がビンビン漏れてくるんだ。音楽が掛かってたのに、負けないくらいの大声でだよ?いったいどんな恥知らずな女なんだろうね。」
 「…。」
 あの時、あの場所に幸雄さんが居た。
 しかも、私が伊巻先輩に責めたてられて堪えきれずに出してしまった声まで聞かれていたというのか。
 唇が震え、息が喉の奥に入って来ない。目の裏が白く霞み始めて、足の力が抜けていく。
 立っていられなくなってよろけた私を、幸雄さんが慌てて抱えた。
 「だ、大丈夫か?直香!」
 私は返事も出来ないで、はあ、はあ、と肩で息をした。
 「無理したんじゃないか?君が帰って来るところが三階の窓から見えたんだけど、駅とは反対方向から来たよね?でもその買い物袋は一駅向こうのスーパーのものだから、少なくとも一駅以上歩いたんだろ?」
 私は黙って頷いた。
 「いやまてよ…。あのスーパーの開店は10時、閉店は22時のはず。」
 袋を持つ手に思わず力がこもり、カサリと音が出た。
 「ああ、袋代を節約したのか。確か最近、終夜営業のスーパーが出来たよね?そこへ持って行ったんだね。」
 口の端だけを上げて、無理やり肯定の笑顔のふりをした。
 「あ、ごめん、そんなことはどうでもいいや。さ、おいで。」
 幸雄さんは私を支えてリビングに連れていき、ソファーに寝かせた。


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