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疼きに喰い込む赤い縄
【その他 官能小説】

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帰宅-1

 「この辺でどうかな?」
 「あ、はい。」
 目覚めると私は助手席に座っていた。
 服を着ているし、靴も履いている。しかし…。
 髪はボサボサに乱れ、汗でグショグショに濡れた体に下着が貼り付き、顔には涎だか涙だか分からない跡がベトついている。体のあちこちには鈍い痛みもある。それは、夕べの出来事が悪い夢なんかではないという現実を示していた。
 「この時間なら人通りはほとんど無いし、歩ける距離だから丁度いいです。」
 伊巻先輩は黙って頷き、ドアのロックを外した。
 私は軽く会釈をして深夜を過ぎたコンビニの駐車場に降り立った。
 「じゃ、気を付けてね。」
 「はい。」
 私は自宅の方角を確かめ、歩き出した。そしてすぐに止まった。
 「あの…」
 「ん、どうしたの?」
 「ありがとうございました。」
 こういう場合の別れの挨拶をどうすればいいのか分からなくて、なんとなくそう言った。
 「いやいや。こんな時間になっちゃってごめんね。日付が変わる前には送り届けるつもりだったんだけど…。」
 二人は無言で見つめ合った。そして私は再び歩き始め、しばらくすると後ろから車の走り去る音が聞こえた。
 「丁度いい、か。」
 自宅の前ではなく、一番近いコンビニでもない。最寄り駅とは反対方向の、二番目に近いコンビニ。
 夫のある身でこんな時間によその男の車で帰宅したところを見られたら…。もし、身が潔白だとしてもウワサの餌食になるのは間違いない。ましてや、私はあんなことをしてしまった帰りだ。その相手と一緒にいるところなんて、絶対に見られるわけにはいかない。
 適度に距離があり、駅とは自宅を挟んで反対側にあるのこのコンビニからなら、途中で誰かに見られてもひとりで歩いて帰ってきたようにしか見えないはずだ。手に提げた買い物袋も、散歩のついでにコンビニで、と言える。汗をかいている事にも一応の説明がつく。暗さも助けとなる。
 伊巻先輩の配慮だろう。私が後で困らないようにという。そういう優しさはやっぱりあの頃と変わっていない。私が憧れ、身を捧げた人に間違いない。
 でも。
 その配慮が逆に疑念を生んでしまうのもまた事実だ。あまりにも出来過ぎている。手際が良すぎる。
 夫が出張で帰らない日の夕刻に偶然再会し、食事をして思い出の場所へドライブ。そこで懐かしさと切なさでガードが下がったスキを突かれて…。しかも、車の中には私を狂わせる設備が整っていた。そして送り届けられた場所が文句のつけようがないロケーション。まるで計画されていたかのようなスムーズな流れだ。
 それに、意識の無い女にきちんと服を着せ、助手席に座らせるだなんて、一人で出来るのだろうか。
 介護のボランティアに行ったとき、中学生の女の子ですら私一人では抱え上げることが出来なかった。自分で動かない人間を持ち上げるには、想像を超えた重さに耐えなければならないのだ。
 伊巻先輩は文化部に似合わず体格のいい方だが、それにしたって。
 …いや、そんなことはどうでもいい。今の私にとって一番の問題は、夫のある身でありながら、十年ぶりに再会した男といきなり深い関係を持ってしまったという事だ。しかも、通常ならざる責めに歪んだ快楽を目覚めさせられ…恥辱を晒して乱れ狂ってしまった。
 よりによってその相手は、かつて憧れ、胸を焦がし、尊敬さえした人。初めてを捧げた男が、夫への初めての裏切りの相手だなんて、陳腐すぎて笑えない。
 その上、彼と過ごした若き日のあの頃、私の制服の中には既に忌まわしき倒錯の魔物が眠っていたことになる。たどたどしく私を抱いた人が、後に被虐の悦びを呼び覚ましてしまう悪魔になるなんて。
 自分がそのようなゆがんだ性癖を持った女だなんて一度も思ったことはなかった。でも、それは紛れもない事実なのだ。体中の鈍い痛みとそれに伴う快感の残滓が、昨夜の出来事を忘れさせてはくれない。
 幸い夫は夕べから出張中で家に居ない。風呂に入って身支度を整えて帰宅を待てば、バレはしないだろう。しかし、もし今夜体を求められたら…。間違いなく私が夕べしてきたことを悟られる。そのくらいの痕跡を、私の体は刻まれている。
 誤魔化しようがない程に体を痛めつけられた私は…ああ、なんということだろう、それを悦びと感じ、悶え、自ら望みさえして受け入れてしまった。
 …忘れよう。本当に忘れる事なんか出来ないだろうけど、もう伊巻先輩に会うことは無いのだから、いずれは心の隅に追いやれるかもしれない。幸雄さんの妻として、今まで通りに生きていこう。それしか出来ることは無い。
 体の傷はやがて癒える。心の傷は笑顔で埋めてしまおう。大好きな幸雄さんのために。
 「さあ、早く帰ってお風呂に入ろう!汚れを全て洗い流そう!」
 私は歩調を早め、自宅へと向かった。
 「ああ、見えてきた。」
 ほどなく見慣れた通りへと出て、特徴のあるブラウンの屋根が視界に入った。私の、私と幸雄さんの家だ。二人で相談して設計した、大切な我が家。
 しかし。
 私は全身をビクっと震わせ、立ち止まった。
 駐車場に幸雄さんが昨日出張に乗っていったはずの車が停まっていたのだ。
 赤サソリという愛称をつけて、結婚前から幸雄さんが大切に乗っている車だ。私も十年近い付き合いになる。フィアット・アバルト695フェラーリ・トリブート アルジャポーネ。極めて希少な小型高性能車だそうで、その独特のフォルムは見間違えようがない。国内販売台数、限定150台。しかも、購入してすぐにエンジ色に染め直したと彼は言っていた。そうすると三倍早くなるんだ、なんて、ワケの分からない説明もしてくれた。偶然他の車体がウチの駐車場に、とは考えられない。
 「どうして…。」
 膝がガクガク震え、私は玄関に立ち尽くした。


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