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悦子
【SM 官能小説】

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悦子-7

 「先生の今回の作品には感動させられました」
 「はあ」
 「今度の土曜日の夜に時間がとれそうなのですが、お伺いして宜しいでしょうか?」
 「うちにですか?」
 「はい」
 「まあ、いいんですけども」
 「何かご予定でも御座いますか?」
 「いや、いつも予定なんかないから、土曜の夜は1人で酒を飲むんです」
 「それでしたら先生はお飲みになっていらして結構ですから」
 「貴方も飲めるんですか?」
 「いえ、私は飲めないのです」
 「飲めない人を前にして飲むというのはね・・・」
 「いいえ私は少しも構いません」
 「はあ」
 「先生はお飲みになればきっともう少しうち解けて下さるでしょうから、是非ともそういう機会にお伺いさせて下さい」
 「はあ・・・、それじゃまあ、どうぞ」
 「嬉しい。有り難う御座います。何かお酒の肴になりそうなものを携えて参ります」
 「はあ、そうですか」

 男が自宅で1人で酒を飲むというのにそこへ来るのだと言う。どうも底抜けの世間知らずのようだ。そういう状況で襲ったらそれでも強姦になるのだろうか。まさかそんなことをしようとは思わないが、ずいぶん不用心な女である。

 役所から帰る道すがらいつものとおり食事を済ませ、安い焼酎と氷を買った。奥の部屋で1人で雑誌を見ながら飲んでいると、どうせ来やしないだろうと高をくくっていた悦子が唐墨とキャビアを持ってやって来た。それでもざっと片付けておいた奥の部屋に招き入れると、ベッドがあるのに目もくれず、平然と入ってきた。

 「ほほう、これは珍味ですね。高かったでしょう」
 「いいえ。どうぞお召し上がり下さい」
 「それでは遠慮なくやりますが、貴方はウーロン茶でも飲みますか?」
 「いえ、お構いなく」
 「まあ、ウーロン茶ですから、お構いするという程のこともありません。どうぞ」
 「はい。先生」
 「何でしょう」
 「今回のお歌ですけれども、いえ、今までのお歌も全部含めてのことなんですが、あれは先生の実際の体験に基づくお作なんでしょうか?」
 「さあ。何と言えば良いか」
 「いえ、実際のところをお聞きしたいのです」
 「ですから、実体験に基づいてはいるんですが、体験したことそのままという訳ではありません」
 「なるほど、そうでしょうね」
 「例えば私小説にしたところで、実体験そのままということは無いだろうと思いますよ。それでは単なる日記になってしまう」
 「そうですね」
 「特に短歌の場合は字数が少ないですから、ある情景を切り取って表現するだけで精一杯ですよね。するとそれは事実をそのまま歌ったとしても事実そのままにはならないんじゃないのかな。僕はそんな気がするけれども」
 「はい、確かに私もそう思います」
 「つまりその情景を切り取って短歌にしようとした瞬間に既にその場面は客観的事実とは違う主観的な事実になってしまうと言うか、主観に投影された事実を切り取っているんですよね」
 「勉強になります。そこで、例えば『胸に咲く赤薔薇ひとつキスの跡 怒りもせずに娼婦がこする』という作品が御座いましたけれども、これはどの程度客観的事実に基づいておられるんでしょうか?」
 「ああ、あれね。娼婦の胸にキスをしたかも知れないけれどもしなかったかも知れない。正直に言って昔のことで憶えていない」
 「そういうことって男性は忘れてしまうものなのでしょうか?」
 「例えば僕が実際そういうことをしたとして、するとあの作品がどうなるのでしょう? 実際にはそんなことをせずにああいう作品を作ったという場合と何か変わることがあるんでしょうか?」
 「はあ。今は作品の鑑賞について直接のヒントを得ようとしているのでは有りません。先生というお人柄を理解すれば先生の作品世界をより深く理解するよすがになるのではないかと思いましてお尋ねしております」


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