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『秘館物語』
【SM 官能小説】

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『秘館物語』-17

「そんな呪縛を解いてくれたのが、旦那様だったんです」
「………」
「父は、旦那様に私のことを相談していたそうです。だから、傷のことも知っていました」
 そして、既にメイドとして働いていた望を交え、しばらくは三人での生活が続いたと言う。
「私は自分の殻に篭って、誰とも打ち解けようとはしませんでした。でも、望さんがまずはそれを破ってくれました」
 鍵をかけていた扉を蹴破られ、散々に罵倒され、そして、望の秘密を打ち明けられた。
「望さんの傷を知り、そして、旦那様がそれを癒したことを知り、私は改めて旦那様にこのことを相談してみようと思いました」
 志郎の第一声は、こうだった。“その傷は、君にしかない美しさだ”と。
「おかしいですよね。こんなに醜い傷を、旦那様は美しいというんですよ」
 そして、もうひとつ付け加えた。“全てを自然に晒して、その姿を客観的に見てみなさい。自分が持つ美しさは、その傷によって一辺たりとも損なわれていないことがよくわかるだろう”と。
「何を言いたいのか、わかりませんでした」
 言葉の真意を志郎から実践的に告げられたとき、耳を疑わずにはいられなかった。なにしろ、外で裸になってみなさい、ということをあっさりと言われたのだから。しかも、それをフィルムに撮るという。
 もちろん、碧は反抗した。男に身体を許してもない乙女が、いきなりヌードを撮られるというのだから当然だろう。
「躊躇いは、やっぱり望さんが払ってくれました。私は、望さんのことが好きになっていましたから、彼女が信じるように、旦那様も信じてみようと思うようになりました」
 そして、館の周辺にある自然の中で裸体を晒し、それをフィルムの中に収めたのだという。
「自然の中でありのままの自分を晒したとき、私は形容できない開放感に包まれました。自分の身体を覆うものがないということが、こんなにも自然を身体で感じさせるものだと言うことにはじめて気づきました。声が、聞こえるんです。大気の声が、肌に直接聞こえてくるんですよ。私の傷を哀れみもせず、純粋な風の響きを身体中に浴びせてくるんです」
 裸身であるという恥ずかしさや頼りなさは、すぐに消え去って、彼女は自然の中で軽やかに舞った。傷があることさえ忘れ、フィルムに収められているということさえ意識せず、碧は大気の声にあわせて舞ったのだ。
「後でそのフィルムを見たとき、“美しい”と思いました。変ですよね、そこには自分が映っているんですよ。それなのに、まるで別の人がいるみたいで、それが綺麗に見えるから不思議でした」
 そのとき、傷に対する呪わしい感情は消えていた。全てを払拭できたと言えばそれは言い過ぎになるが、少なくとも自分の傷が自分の全てを否定するものではないと言うことに気づいた。
 それだけでも、大きな進歩であった。
「だから私は、好きな人が出来たら真っ先にこの傷のことを話そうと、心に誓いました」
「碧さん……」
「浩志さんで、二人目です」
「え」
「最初に好きになった人には、手が届きませんでした」
 苦笑する碧。そういえるほどに、今は吹っ切っているのだろう。
「………」
 碧の言葉を聞き終えて、最初に浮かんだ感情は嫉妬だった。この傷のことを話した男が他にいたという、一番最後の言葉に、浩志は敏感に反応していた。
「あの、浩志さん? 顔が、怖いです……」
「あ、ご、ごめん」
「あの……やはり、嫌ですか?」
 傷のことか、フィルムのことか。それとも碧の初恋の相手のことか。浩志の思考は落ち着かない。
「………」
 しかし、ひとつだけ真実はある。俯いてしばらく考えていたとき、そのたったひとつの真実だけが浩志の闇を払い、気持ちの行き先を照らしてくれた。
「碧さん」
「は、はい」
 不意に顔をあげた浩志の、精悍なたたずまいに見惚れてしまう。
「俺、碧さんの事情とか、父さんとの関係とか、まだよくわかってないけど……」
「………」
「それでも、はっきりしてることはあるんだ」
「?」
「俺、碧さんが好きだ」
 息を飲む音。それは、碧の声無き声。
 それも聞こえないのか、浩志の独白と思しき告白は続く。
「だからさ、多分、いま胸でモヤモヤしてるのはきっと嫉妬だよ。碧さんを、誰にも渡したくないし、俺は独り占めしたい」
「浩志さん……」
「俺、碧さんが欲しい。すぐに欲しい。そうしないと、誰かに取られそうで、俺、怖いよ」
 言葉とは裏腹に、浩志は動けない。半身を晒し、手を伸ばせば届く距離に、自分を好きだといってくれた好きな人がそこにいるのに。


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