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気配
【スポーツ 官能小説】

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気配-2

「なんだか、もう重賞に当たり前のように乗りやがんな」
「そらそやで。アイドルジョッキーでいらっしゃるからな。空いとったら、乗ってくれー、ってテキからもオーナーからも言うてきよるやろ」
「てか、アイ様ってさ、化粧してるよな? いいのかよコレ」
 枠入りする愛衣の横顔には、確かにチークが見て取れる。
「今さらなんやねん、化粧品のCM出とるやろ。馬に影響出んように、ニオイ抑えたヤツを開発してもらっとるんやって。大事なお肌がシミになったらマズいしのー。それで男だけでなく女のファンも付いとるからな。御上も売上アップに貢献してもろとるから、化粧しよーが、伸ばして茶髪にしよーが、何でもアリやで」
「何でそんな詳しいんだよ、お前」
 呆れた笑いが起こったところでゲートが開いた。
「……おー、瀬田さんえげつないな。アイ様、簡単には逃げさせへんってか」
「徳井使って、うまく閉じ込めた」
「えらい固まったな」
 脚質がハッキリとした馬が揃っていたから縦長の展開が予想されていたが、有力馬が割と前めに追けたために、馬群は一団となって進んでいた。
「――へへっ」
 井野のニタついた声にモニターを見ていた連中が振り返る。「アイ様が先行すると、団子になりがちなんすわ」
「あ? 何でだよ?」
 井野は得意げに鼻を擦り、薄皮が捲れ青みがかった唇を舐めた。
「そらアレっすよ。誰かてアイ様の真後ろに追けたいですやん」
 意味を理解する間を置いて、ドッと笑いが起こった。
「そら納得やな」
「でしょ? ……前に一回だけ、アイ様と同じレースに乗ったんすけど、俺がゴリ逃げしようとしたら、アイ様がスススッとハナに行ったんで番手になったんすわ。プリッと向けられたあのケツ、ずーっと見ながら、馬っ気出しまくりで乗ったったら、ひっさびさの四着でしたもん」
 笑い声の下卑さが増し、「ってか、パンティラインも見たろと思ったんですけど……、どんだけ見ても見えへんかったんです。もしかしてアイ様、ご騎乗中はTバックちゃいますかね」
 おおー、と推理に感心する声。
「なに? んじゃ、今あいつらみんなフル勃起で乗ってんの?」
「いや、あの歳で独身貴族の瀬田さんはオトコの方が好きやって噂あんで?」
「いやいや、実は瀬田さん、オッパイ派じゃね? だからほら、さすがの位置取りじゃん」
 リーディング上位の騎手たちを下品な話題で貶めるのが楽しいのだろう、悪ノリしている。
 あまりに下らない。発走前のレース予想よりも盛り上がっている。そんなんだからお前らは勝てないんだ……。低劣に薄澱んだ部屋の空気に辟易していると、馬群は勝負所を迎えた。相変わらず愛衣は前、斜め、隣と塞がれて、通常ならば苦しい位置にあった。
 コーナーワークで瀬田が手を動かすと、周囲の騎手も動作が忙わしくなった。愛衣はまだ仕掛けられずにいる。
 そもそもスピードがそれほど無いのに逃げたい馬ということは、馬群を苦手とするのだろう。そんな馬が道中囲まれ続けてどれだけの脚を残しているかわからない。だがどちらにせよ、瀬田を先に行かせては勝ち目がない。
(瀬田のソレはフェイントだ)
 激しく手を動かしていると見せて、瀬田はまだ本気で追ってはいない。前に集まった有力馬たちに、急坂までに脚を使わせたいのだ。
(いつか徳井がタレる。……それまでは)
 先に瀬田に抜けられては意味がないから、その前に徳井の馬が失速するのを祈るしかない。望外に頑張られた時は、最内の荒れた一頭分を通る。当然速力は鈍るから早すぎてはいけないし、瀬田の差し込みを退けなければならないから遅すぎてもいけない。
 坂に入る前に愛衣は内に進路を取った。三頭ぶん外を回していた瀬田に対して一馬身ほどのアドバンテージがあった。ようやく失速した徳井たちよりも半馬身前に出たが、再び馬場のいい外側へ出す余裕はなかった。
(もつか……?)
 瀬田が伸びて、内外離れて決勝線を迎えた。写真判定が点滅表示しているものの、直前で瀬田が頭差かわしているのは明らかだった。スローモーションで再生されるゴールシーンが、愛衣の不利を決定的にする。
 征嗣は無意識に息を止めていたことに気づいた。口を半開きにしたバカ面でモニターを見ている井野に知られぬよう、ゆっくりと嘆息する。
 愛衣は征嗣が頭の中で思い描いた通りに乗った。徳井を見限って内をすくうタイミングが――愛衣の馬が諦めず最後まで脚を伸ばし、頭差の決着であったことを鑑みると、コンマ何秒か――遅かったのだ。一流の闘いでは、そんな瞬時の判断が目まぐるしく行われている。


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