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気配
【スポーツ 官能小説】

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気配-11

 先週の一勝目は祝儀だったが、今日の二勝目は贖罪のつもりだった。
 愛衣に導かれるままに、今日のレースで起こりうる全ての事象を話した。恵美を抱く時よりも遥かに剛直した肉槍を埋めたい一心で。繋がるや愛衣の破瓜を果たしてしまったと知った。だから伝えた通りの出来事を起こすためだけに、今日のレースを乗った。騎坐の女神に痛みと快感の入り混じった声を放たせ、神体を反らして魅惑のヒップへ汚れた白濁を注いだ、それを贖いたい一心で。
「……頼む」
 小柴は滴り続ける汗を拭って言った。
「……?」
 虚空に向かって呟いたとさえ見えたので、要領を得ない顔を向けると、
「俺も、頼む」
 とハッキリ言った。
「どういうことだ」
「杉島。お前、明日どう乗るんだ?」
「……やめろ。メインで人気の乗り役どうしが密室でそんな話をしてるってなったら、タダじゃすまなくなる」
 真顔で語気を荒らげたが、小柴の目は虚空を彷徨し、口は閉じなかった。
「俺は逃げるぜ? 何が何でも、と思ってたが、楽にハナに行けそうだ。そしたらお前はどうする?」
「……」
「前に三頭ほど置いて壁作った後ろだ」
「そんなうまくいくかよ。俺らの他にも十六人いるんだ」
「いいや、俺とお前がそうすれば、隊列は決まる。直線向くまでそのままだ。前日オッズじゃ人気を分けてるようだが、お前の馬が強い。まともなら坂上で先頭、千切ってゴールだ」
 小柴が漸く、こちらを向いてきた。「……頼む。追い出しを三秒待ってくれ」
「おい、お前いつから入ってんだよ? おかしいぜ。出ろよ」
「瀬田は後方で脚を溜めて、お前を徹底マーク。三番人気の気楽さで心中覚悟だ。……奴はもう二回も勝ってんだから、甘やかしちゃいけねえ。……お前の追い出しが遅ければ、坂上ったとこで二馬身、いや三馬身千切った俺には、瀬田は届かねえ」
「おいっ、小柴!」
 征嗣が二の腕を掴んで引き上げようとしたが、小柴は立ち上がろうとしなかった。
「……夢、見たんだ」
「あ?」
「考えてるうち寝ちまって、夢、見たんだ、月曜」
 月曜日、小柴もまた、知らず知らずのうちに神経をすり減らされて、不本意な眠りに落ちていた。「黒いほっかむりしたガイコツがよぉ……、死神、ってのか? ベタだけど、そんな死神がさ、女房と子供縛り上げてさ、喉にでっかい鎌つきつけてやがんだ」
「死神……?」
「こいつらの首ふっとばしたら、ダービー勝たせてやるよ、って。引いていいか、って」
「……」
「杉島。……俺、やめろ、って言えなかったよ」
 顔面から垂れ落ちるのが汗だけなのか判別がつかない。
「お前は、来年も再来年もある。頼むよ。今年は……、今年だけでいい。俺に勝たせてくれ」
「バカ言え。お前だって――」
「俺にはねえよ。先週、人気馬ふっとばしちまった。ここんとこ連続だ。美吉んとこの息子が来てよ、『小柴さん、暫く大レースの勘、取り戻すのに専念されたほうがいいですね』だってよ。……俺はもう、向こう何年か乗れねえよ」
 先週の牝馬限定GTで人気した小柴は直線で包まれて、誰が見ても明らかに脚を余して掲示板にすら届かなかった。
「考え過ぎだ。お前外して誰乗せるんだよ」
 そう言いつつも、馬産を席巻している巨大牧場に見放された時の苦境は容易に想像できた。
「一年目の時、勝てる方法教えてやったじゃねえか。恩返ししてくれよ」
「おいおい。あんなもん、凡人どころか落ちこぼれにとっちゃ必勝法でも何でもなかったぜ」
「でもお前は、一ヶ月くらいでできるようになった。俺が十五年かけてやっと手に入れたのによ。……最近、閃かないし、閃くのが遅えんだよな……。頼むよ、杉島。どれだけ考えても、お前に勝つシーンだけが浮かんでこない。――頼む。お前は先週も、今日も、俺が見てる前でやってみせてくれたじゃねえか」
「それも考え過ぎだ。……お前が出ねえなら、俺が出る。のぼせて乗り替わるなよ?」
 征嗣はサウナを出た。水風呂に脳天まで浸かって、小柴への怨嗟をあぶくに散らした。週頭、お互い悪夢に魘された。だが自分は現実に戻ったら女神との蜜月が待っていた。しかし妬み、憧れ続けた同期は週末の大一番のことをずっと考え、死神に取り憑かれ続けていたのだ……。
 パドックでもオッズは見ないようにしていたが、昂揚を隠し切れない引き役が、二倍切るかもしれません、ダントツですよ、と余計なことを教えてきた。本馬場に入り、自分の馬名が呼ばれると、どの馬よりも大きな歓声が上がる。返し馬に入った愛馬は、しばらく鶴首で速歩をしたのち、ボルテージが上がる観客の前を勢い良く駆けていった。間違いなく、全走の中で最高の状態だ。


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