下-6
「さくら、好きだよ」
そう言って一瞬身体を離した矢野さんは
私のあごを上に傾けて、キスをする。
平日の10時に、ワイシャツ姿の矢野さんと
仕事用の服を着ている私が、海で抱き合ってキスをしている。
ちょっと排他的な空間で、潮の匂いだけが私たちの唇に迷い込む。
「海に行きたいって、言ったこと覚えててくれたのね」
次のデートはどこがいい?
そう聞かれた時『海』と答えたそれを覚えいてくれたことがうれしかった。
「二人で会うのは最後になるかもしれないと思ったから。
約束は、守りたかったんだ」
人は本当にまばらで。
いわし雲が気持ちよさそうに空を覆う。
ああ。この人が好きだな。
キスをしながらそう思った。
「来年の夏に、また来たいな」
「あぁ。そうしよう」
そして、未来の約束をする。
ずっとこの人とこんな時間を共有したい。
「さくら。海にはまた連れてきてあげるから・・・」
「ん?」
「そろそろ行こうか」
「どこへ?」
まだ矢野さんには行くべきところがあるらしい。
「もちろん・・・」
矢野さんは恥ずかしげもなく、にやっと笑って
私の目の前に手を差し出した。
「さくらを抱きに」
その手を取って笑いながら立ち上がった私の耳元に顔を傾けて
「もう我慢できない」
そういって耳たぶをかんだ。