線-6
「俺も休み取るよ。ちょっと待ってて」
矢野さんは会社に電話をして有給を取る連絡を入れた。
「8時半か・・。場所はどこでもいい?」
「話をするのって・・・この近くのコーヒーショップとかじゃないんですか?」
「うん。行きたいところがあるから」
頭の中で行先のルートを確認したのか
私に笑いかけて手を差し出す。
「はい」
先週と変わらない、その口調に私の手は吸いこまれた。
何も話さない2人の代わりに
繋がれた手は雄弁で。
ぎゅっと繋がった手は、秋なのに汗をかく。
反対側の上りホームへ行って
横浜を経由して京浜急行に乗った。
段々と人が少なくなって
ああ、サボってるんだな。と感じる。
矢野さんと2人で、サボってる。
空いてきた車内で3人分の座席スペースに2人で座って
微妙に離れた身体とは裏腹に
手はしっかりと繋がれたままだ。
金沢八景で降りて。ぶらりと目の前のシーサイドラインの駅に向かう。
そこから2駅乗って、少し歩くと目の前に海が広がった。
「それでも、9時半前か。誰もいないな」
初めて。
矢野さんを知り合いだと勘違いして声をかけた時のように
矢野さんはごっつい腕時計を見ていた。
平日の朝の海は空いていて。
ほとんど人の影は見えない。
海が見える木陰のベンチに2人で並んで座った。
2人でしばらく、静かな海を見つめて
どれぐらい時間がたったのか。
矢野さんが口を開いた。
「で?さくらはどうしたいの?」