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「柔らかな鎖」
【SM 官能小説】

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「柔らかな鎖」-1

某月某日
「別に僕が見てチェックするわけじゃないけど、自分で自分の変化をきちんと把握しておいたほうがいい」と由布さんはこの分厚い日記帳を渡してくれた。
 やっぱり始めだから二人のなれそめから書いた方がいいかもしれない。私小野寺響子と柿崎由布さんがつきあいはじめたのは今から三ヶ月半くらい前のことだ。考古学サークルの例会で遅くなった時、帰りが一緒の方向である私と由布さんは、ラッシュ並に混み合った終電の中で体が密着してしまった。
 2年先輩の由布さんにずっとあこがれていた私は、密着した体が恥ずかしくて妙に意識してしまったのだけれど、その時急に由布さんに抱きしめられて、耳もとで「好きだよ、響子」と言われたのだった。
 なんてムードのない告白だったんだろう、って思う。でも、由布さんはそのまま私が降りる駅までずっと私のことをやわらかく抱き締めてくれ、駅についた時には前髪をかきあげて額におやすみのキスをしてくれた。
 それから由布さんと私は、サークルの会合のあとよく一緒に帰った。時々は休みの日に二人で出かけたりなんかもした。だけど、最初の日以来、由布さんが私に触れることはなかった。
 私はそんなに男性経験があるわけではないけれど、処女ではない。由布さんは健康な若い男の人なのだから、三ヶ月半もの間いわゆる男と女の関係にならなかったことに私は不安を感じはじめていた。由布さんは見るからに芸術家タイプというか繊細な感性の人で、よくゲイの人には繊細な人が多いとかいうから由布さんももしかしたら女の体には興味がないのかと思ったこともあった。
 そのことで由布さんに一度聞いてみたことがあった。「私を抱いてくれないんですか?」って。もしかしたらいやらしい女の子だと思われたかもしれないって心配になったけど、由布さんはいつもの調子で静かにほほえみながら、「時期がきたら愛し合えるよ、響子。もう少しだけ待っていて」と言っただけだった。

 その時の由布さんの言葉の意味が、今日になってやっと理解できたような気がする。
 今日、由布さんは私を古い洋館に連れていった。昔のお金持ちのお屋敷だったらしいけれど、今は住んでいる人はいないらしい。ただ、時々何かに利用されているのか手入れはゆきとどいている。落ち着いた雰囲気の屋敷だった。
 由布さんは、本棚のある広い部屋へと私を案内した。書斎というには規模が大きく、そう、丁度小学校の図書室みたいな感じの部屋だった。薄暗く、天井が高く、空気がひんやりと感じられる。そこへ入ると、由布さんはにっこり微笑んで、それから私にこう言った。
「これから、3つの約束をしたいんだ。それを守ることができるのならば、君はずっと僕のものだよ、響子」

 3つの約束? なんのことだろう……私はまだその時、由布さんの言おうとしていることがわからなかった。それからの由布さんの言葉は、私を驚かせることばかりだった。
「響子はSMって知ってるよね?」
「はい……経験はないですけど。縛ったり鞭うったりするあれですよね?」
「そう、普通はね……。だけど僕らのはちょっとだけ違うんだ」
「SM……なんですか?」
「広い意味ではね。『そんなもんはSMじゃない』って言う人もいるけど。どう?怖い?」
 そりゃ怖いに決まってます。全然未知の世界だし、第一私は人一倍痛いのが苦手だったりするし。
「心配しなくても、響子を縛ったり鞭うったりするつもりはないよ」
「じゃあ、どういう……」
「僕が命令して、響子が従う。それが全部だよ。どう、出来そう?」
考えてみればそれまでのデートでも、由布さんはたびたび私に対して「それはこうしなさい」とか「それはしてはいけない」とか指示することがあったけれど、それらはいつも的確で、私はいつのまにか、由布さんの命じたことに従うのに慣らされていたのかもしれない。由布さんが「時期がきたら」と言ったのは、きっとそんな私の様子を観察していたのだろう。
「出来る、と思います」
「そうだね。響子ならそう言ってくれると思っていた。じゃあ、約束について説明するよ」
 由布さんはいつも通りの静かな口調で、当たり前の事を話すように説明してくれた。


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