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HELLO警報
【コメディ 恋愛小説】

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Oh, AMEN警報-2

 さらに、彼女は大変勉強熱心らしく、そんな一途なところにも僕は惹かれている。卒論の指導に当たっている僕に、彼女は度々質問をしに来るのだ。この質疑応答の時間こそが、僕にとって最高級の憩いの時間であることは言うまでもない。質問は統計に関するものが中心であった。χ二乗検定とは何か、重回帰分析のベクトル表現が分からない、などなど。僕はある時は大袈裟なジェスチャを使ったり、またある時はホワイトボードに数式を書いたりしながら、全精力を使い説明をした (塾講師のバイトをやっていたので、職業病と言えるかもしれない)。彼女は、メモを取りながら熱心に聞き、時折僕が言う冗談には笑顔で答えてくれた。
 最初の頃と比べると、少しだけ嬉しい変化があった。卒論に関係する質問の合間に、僕に関する質問もするようになったのだ。休日は何をしているのか、嫌いな食べ物はあるか、などなど。僕自身、自分のことを話すのが苦手なので、こういう風に聞いてくれるのは大変ありがたかった。単なる先輩と後輩という関係から踏み込んで、プライベートな関わりが少しずつできているという感覚 (あるいは錯覚) を持った。
 さて、ここで再び夢の解釈に戻ろう。夢の中では、讃美歌の本を持っていなかったので教会に入れなかった。これは、僕が教会に入る準備ができていないことを示唆している。教会から連想されるのは結婚。つまり、僕が未だに自分の気持ちを彼女に伝えていない (ある意味プロポーズをしていない) ことの象徴表現である。二十三歳にもなって、告白すらできていないことに対する恥ずかしさ。それもしっかりと夢の中で表現されていることは注目に値する。この部分は夢の中では強調されていないが、恐らくこの恥ずかしさこそが、夢を解釈する上で最も重要であることに疑いはない。教会の鐘は、目覚し時計のベルの音を刺激源として後付けされたものであろう。

 とまあ、一丁前に自分の夢をざっと分析してみた。うむ、僕は楠木沙羅が好きであり、告白できない自分を恥ずかしく思っている。要約すれば、結局そのような内容であろう。
 ……鬱だ。だって、夢の解釈をしたところで、告白できない自分の不甲斐なさを浮き彫りにしただけじゃないか。分かってはいるけど、改めて考えると鬱になる。見た目よりネガティブなのだよ、僕は。
 時々、僕は優しい人だと言われるときがある。だけど……、それは違う。ただ単に優柔不断なだけだ。どっち付かずにいることが、優しさなのだろうか? もしそうだったら、玉虫色は優しさを表現している色になるのだろうか? 人間関係、特に恋愛感情を伴った関係で、玉虫色というのは卑怯者の色、臆病者の色なのではないのだろうか? 自分が嫌いな色に、自分が染まっていることに気付いて、自己嫌悪した。
 僕は、その夢を見た日、ある決心をして家を出た。


 研究室に着くと、助手の工藤さんが分厚いファイルと格闘していた。
「工藤さん、何やってるんですか?」
「おう、結城じゃないか。実はさあ、論文の中で引用した文献が見当たらなくてさ……」
 言い忘れていたが、僕の名前は結城久登という。小さい頃のあだ名は「ひーくん」であるが、今ではその名で呼ぶのは親戚の叔母さんぐらいしかいない。
「それで、ファイルと睨めっこしているんですか」
「そうなんだよー。どうも整理整頓が苦手で、俺」
 工藤さんは、長い髪を片手で払いながらファイルのページを開いている。
 助手の工藤さんは、もう三十路間近であるはずなのに、非常に若々しい。大学生どころか、やんちゃ盛りの高校生でも通るかもしれない。髪は随分昔のロック歌手のように長く、芸術家風のすらっとした長身。そして、無邪気で人懐っこい笑顔が印象的である。
 僕は、そんな工藤さんを好きである。一応弁明しておくが、そっちの気はないのであしからず。一緒に飲みに行ったり、面子を揃えて麻雀をしたりと、良い友人であるのだ。もちろん、助手であるので実験について助言を求めることも多々ある。公私共々お世話になっている、兄のような存在と言えよう。
「ああ、そうだ結城。ついさっき、お前の想い人が研究室に来てたぞ」
「え?」僕の声は思わず裏返ってしまった。「楠木さんが来たんですか?」
 工藤さんには、僕が楠木沙羅を好きなことはちゃんと言ってある (飲みの席だったので、ちゃんと言ったかどうかは定かではないが)。誰かを好きになった時って、無性にそれを他の人と共有したくなるじゃないか。多分、他人に話すことで自分の気持ちを再確認しているんだろうけど。
「毎度お馴染みだが、また質問があるらしいぞ。俺が教えてやろうかって言ったら、また出直しますってどこかに行っちゃったけどさ」
「へ、へえ……」平静を装ったつもりだが、動揺は隠し切れなかっただろう。
「いやあ、お前も憎いねえ。指名ナンバーワンじゃないのか?」
 工藤さんの冗談は耳に入らなかった。


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