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真田拾誘翅(さなだじゅうゆうし)
【歴史物 官能小説】

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拾誘翅-5

 早喜も妙齢の娘であったが、血染めの衣を纏い、異様な「気」を発していたために襲われることはなかった。
 そんな彼女が人の流れに逆行し、燃える城を目指して歩いていると、戦仕舞いの騒乱の中、様々な話し声が耳に飛び込んできた。

「右府(うふ)様(秀頼)は、淀の方様とともに城の籾蔵の中で自害なされたそうじゃ」

「秀頼様に嫁した千姫様は無事、城から救出され、家康公のもとへ送られたとか」

「真田の活躍は目覚ましいものだったが、大将の幸村も首を取られ、壊滅してしまった。あと一歩というところまで家康を追い詰めたらしいが、惜しいことをしたものよのう」

幸村の死と家康の存命。この二つの事実を一気に知り、早喜は愕然とした。『影負ひ』の秘術を執り行い、傀儡女たちの犠牲を払ってまでも幸村の奮闘に望みを賭けたというに、それが失敗に終わってしまったとは……。
 早喜は落胆し、呆然としながらあてどもなく歩き、往来を外れて河原に出、岸辺で倒れ、仰向けになって汀(みぎわ)の水に浸るがままになっていた。
 いつしか身体に纏わり付いた血糊もだいぶ流された頃、落ち武者狩りとおぼしき徳川の兵五、六人が砂利を踏み鳴らしながらやってきた。そして早喜の姿を見つけると、

「おお。眉目(みめ)良いおなごじゃ。攫(さら)ってまいろう」

一番図体の大きい男が毛むくじゃらの腕を伸ばしてきた。
 すると、早喜はガバッと跳ね起き、男の顔めがけ拳を突き入れた。頬に手をやり目を剥く男。抑えたところからは血が滴っており、早喜の片手には兜の前立が握られていた。その鋭利な端で男は頬を切られたのだ。
 仲間を傷つけられた男どもは怒号を上げて一斉に早喜へ殴り掛かったが、相手は俊敏な傀儡女。次々と拳骨をかわし、男たちの顔に傷をつけていった。早喜は素早く身体を動かしているうちに勃然と怒りが込み上げてきて、男らの腕といわず胴体といわず遠慮なく前立の端でえぐった。徳川方が勝利したことへの憤り、家康がのうのうと生きていることへの憤り、そして自分がむざむざと生き残ってしまったことへの憤りも混じっていた。
 早喜の「怒りの舞」が終わった時には、血だるまになった数名の男が河原に転がっていた。そして、激昂を吐き出した傀儡女は、一つの真実に辿り着いていた。

「ああ、私はむざむざと死に後れたわけではない。……まだ、やるべきことがあったのだ。それゆえに、こうして生きているわけだ……」

早喜は河原の土手を登っていった。その足取りは確かであり、小柄ながらも総身には活力が満ち、四肢には兄、佐助ゆずりの捷速を感じ、母の血を毛穴から吸ったせいか、いつしか千夜ゆずりの秘文が頭にあった。そして、「幸村」を感じた局部を中心に、真田の宿願、家康の首を何としても獲るという強い意思が湧き上がっていたのである。

 幸村の死後、かの家康をすんでのところまで追い込んだ彼を称える様々な言葉が世に溢れた。

「古今にこれなき大手柄……」

「異国は知らず、日本にはためし少なき勇士なり」

「真田日本一の兵(つわもの)、いにしえよりの物語もこれなき……」

しかし、家康を斃すことが出来なくては、早喜にはこのような美辞など何の価値もなかった。


 大坂夏の陣が終わり、世の中が落ち着きを取り戻そうという水無月。
 江戸の、とある古刹(こさつ:古い寺)で、密かな、しかし凄惨な戦いが繰り広げられた。
 早喜は様々な苦心の末、今、伊賀者を統べる者が山楝蛇のお婆であることを突き止め、まずは家康の「護(まも)り」を取り除こうと、山楝蛇が一人で戦の古傷を癒やしているという古刹に単身乗り込んだのである。
 戦いは端(はな)から凄まじかった。
 早喜は兄、佐助を彷彿させる速さで山楝蛇に打ちかかり、お婆は毒針を噴き毒霧を生み、粘る黒霧まで吐き出して対抗した。以前の早喜であったなら、ここで山楝蛇の毒牙にかかるところだが、兄の死、母の死、仲間の死に接して後の彼女は心・技・体すべての桁(けた)が違っていた。早喜が幼少の頃、幸村に棒の稽古をしてもらった折に左衛門佐が彼女の天稟(てんぴん)に気づいたことがあったが、その眠っていた能力の悉くが目覚めていたのだ。
 毒針は迅急の身のこなしで避け、毒霧は烈風巻き起こして遠ざけ、粘る黒霧は鎌鼬(かまいたち)を生じせしめて断ち切った。そして、果敢、峻烈な忍刀さばきで山楝蛇の右腕を斬り落とした。鮮血が噴き出す。しかし、ここで肉を斬らせて骨を斬るのが山楝蛇。毒血を相手に浴びせて形勢逆転を図った。お婆の血が早喜に降りかかり粘り着く。速効の毒が皮膚を通して染み込む……はずだった。が、早喜の動きは全く鈍らず、矢継ぎ早に忍刀繰り出し、ついには怪鳥(けちょう)のごとく跳び上がり、山楝蛇の肩を袈裟懸けに斬りおろした。盛大な毒血が噴出し、それを浴びても早喜は表情も変えず立っていた。


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