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毛玉と弟子
【ファンタジー その他小説】

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けむくじゃら-4

 




 言葉を知ることは喜びを伴った。しかし、同時に苦痛も連れてきた。昼間、浴びせられる群衆の囁きがより重くべったりと体に染み付くようになったのだ。アルは頑なに意味を教えなかったが、長年聞いてきた言葉の意味などおおよそ検討がついた。
 その影響なのだろう。けむくじゃらの毛はより一層汚れがひどくなり、所々、木炭のように黒く固くなっていた。臭いも強くなったのだろう。見物人との距離が少しばかり遠くなった。なのに、ひどくなってから群衆の数は更に増えたように思えた。
 アルはそばにいて辛くはないのか。
 けむくじゃらは単語を並べ、たどたどしく尋ねた。
 すると、意外な答えが返ってきた。
「特に臭いはないよ。皆の鼻がどうかしているんだ。あれ? でも、変だね」
 そう言って、アルは少し考え込む様子をみせてから、
「どうしてだろうね。帰ったら、先生に聞いてもらうよ」
「……せんせい、なに?」
「人に色んなことを教えるのが先生。僕の先生はちょっと変わっていてね、色々と魔法を教えてくれるんだ」
「まほー」
「人じゃないものの力を借りて、世の中が不思議がることをこっそりやってのける方法だよ」
 アルの説明が理解できない。けむくじゃらは沈黙した。世の中と言われても檻の外を知らずに生きるものには目を閉じている時に見る夢のようなものだった。
 光る石が少しずつ暗くなってきた。アルが本を閉じた。今日の楽しい時は終い。残念に思うが、朝になればまた逢えるとけむくじゃらは自分に言い聞かせる。
「また明日」
 アルがそっと静かに出ていった。扉が閉まる重たい音。いつもはそれから朝まで静かなはずなのに、誰かの話す声が続いた。扉が間に立っているせいで内容は聞き取れない。声の様子は次第に強く荒々しくなっていき、誰かが激しく扉を三度叩いてそれっきり静かになった。
 けれど、普段の静寂はこなかった。けむくじゃらの胸の中がいつまでも激しく騒ぐのだ。そして、アルの姿が目の前に浮かんでは消えた。
 やがて辺りが明るくなり、最初に扉を開けたのは、知らない人間だった。
 その日、暗くなってもアルはこなかった。
 けむくじゃらは檻の真ん中でじっとしていた。何度か餌を投げ込まれたが動かなかった。置かれた餌は溜まっていき、どこからともなく黒い小さな虫がやってきて次第に腐臭を放つようになった。
 そうなってからは集まった群衆が、汚い、とけむくじゃらに対してではなく、腐った餌に言うようになった。けれど、誰も片づけられない。けむくじゃらを恐れずに檻のそばにいられるのは、アルただ一人だけだ。
 そう思っていたのはけむくじゃらだけではなかった。


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