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毛玉と弟子
【ファンタジー その他小説】

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けむくじゃら-2

 変化に気づいた者は他にも少なからずいた。
 先の老人のように近づくのをやめる者が大半だったが、中には、はぐるまに働く者へ危険ではないのかと訴える手段をとった人物もいた。下っ端では埒があかないと支配人にまで話したものの、結局けむくじゃらの公開は中止されることはなかった。金の成る木を切るような真似をするわけがないのだ。
 その者もまた、けむくじゃらを観に行くのをやめた。

「金の成る木だっていつか必ず枯れる」

 警告を支配人は鼻で笑った。


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 人の言葉をけむくじゃらは理解出来ない。
 けれど、向けられる言葉の音はいつしか覚えていた。
 一日に一度だけ投げ込まれる食べ物を拾おうとした時、それまで聞いたことない人間の音を聞いた。
 毛の隙間から音を出した人間を見ると、そいつの顔には皺がなかった。鼻を押さえる布もなかった。いつもは大勢の人間がいるのに、どうしたものか、一人しかいない。
 けむくじゃらは、食べ物を抱えて後ずさった。
 すると、人間が短い音を何度も発しながら、口の両端を伸ばして歯を見せた。それは、人間同士が見せあう顔の形で、けむくじゃらだけに向けられたことは一度もなかった。
 何故、そうなるのかわからない。不安に胸がいっぱいになって、それでも少しでも紛らわせようと、けむくじゃらは右へ左へと動きまわった。
 その様子を見た人間は、片方の手を腰に当て、もう片方の手で短い髪の頭を掻いてから、また、歯を見せた。
「また明日」
 人間はまた初めて聞く音をけむくじゃらに聞かせて去っていった。



 それから毎日その人間を見た。
 見る時は一日一度、決まって食べ物を持ってきては、格子の間に置いて一歩だけ後ろに下がってしばらくの間、動かなかった。
 前はそうではなかった。人間は食べ物を投げて入れるとすぐいなくなったはずだ。それに、聞き慣れない音を出さなかったし、歯も見せなかった。なのに、何故、違うのか。
 早くいなくなれ。けむくじゃらは唸った。早く食べたいのに、人間がいて取りにいけない。
 けれど、唸っても人間はいなくならない。顔に皺を作らず、口の両端を上げたまま立っているのだ。
 人間との根競べだ。
 しかし、空腹という重荷があるだけけむくじゃらは不利だった。何度目かの根競べの時、けむくじゃらは空腹に負けて恐る恐る食べ物を取ってすぐに飛び退いた。
 近づいても人間は何もしなかった。両手を後ろに回したままだった。ただ、けむくじゃらが離れてから歯を見せて音を出した。
「また明日」
 この人間はいなくなる前に必ずそうけむくじゃらに鳴くのだ。もう何度聞いたかわからない。
 けむくじゃらはじっと人間を見た。人間もまたけむくじゃらを見ていた。
 すると、また人間は聞いたことのない音を出した。
「外に出たいと思わないのかい?」
 人間は初めて見る顔の形をしていた。けむくじゃらはぎょっとして体を強ばらせた。同時に不安とは違う妙な感情を胸の中に沸き上がる。どうにも動きまわるくらいでは体の外には出ていきそうな簡単なものではない。ならば、その人間の、その顔を変えれば……。
 けむくじゃらはもごもごと口を動かす。
 そして、
「ま、タアシタ……」
 すると、人間の口が丸く開き、同時に目が大きくなった。思惑通りになったが、人間は何故か走っていなくなってしまった。
 けむくじゃらは食べ物を口にするのも忘れ、人間の出入り口を見つめた。今まで、同じような顔をした人間を何度か見たことがあった。大概、そいつらは二度とやってくることはない。
 だから、あの人間も同じように……。
 人間はいなくなったのに、また妙なもので胸がいっぱいになった。


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