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真田拾誘翅(さなだじゅうゆうし)
【歴史物 官能小説】

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拾弐-1

 伊賀者の頭領、高坂八魔多は、大坂城とは目と鼻の先、生駒山麓の石切剣箭神社に来ていた。宮司とは旧知らしく、社務所わきの部屋で昼間から大きな火鉢の前に陣取り燗酒を飲んでいた。そこへ、手下の風魔小太郎が忽然と姿を現し一通の文を差し出した。大坂城にいる小幡勘兵衛からのものだった。目を通し終えると、八魔多は文を炭火の上へかざす。紙片はたちまち燃え上がり、灰となった。

「勘兵衛からは何と?」

小太郎の問いに、八魔多はフンと鼻を鳴らした。

「自分の手柄話さ。……軍議の席で真田幸村が城から打って出る策を具申したので、それを得意の弁舌で食い止めたんだとよ。初戦で大坂方に強行策をとられると少々厄介だからな」

「食い止めたといっても、大野治長の籠城策の後押しをしただけだろう?」

「まあ、わざと小難しい論を展開して相手を煙に巻くのは勘兵衛の十八番(おはこ)だからな。いい後押しにはなっただろう。……武田家が滅亡して以来、各地の大名を渡り歩いた軍学者気取りだが、拾っておいて損はなかった。少しいいところを見せるとすぐ自慢するのが玉に瑕だがな」

「うまく大坂城に送り込んだが、気を許して、徳川に通じていることがばれなければいいけどな」

「ばれたらばれたで、その時は、小太郎、おまえに任せるぜ。逃げる手助けをするか、戦のどさくさに紛れ闇に葬るか……」

「いいのかい? おいらの胸三寸で」

「ああ」

小太郎は面倒くさそうに顔をしかめたが、ふと、思い出したように表情を変えた。

「ところで、最近、狐狸婆の姿を見ないんだが、八魔多の大将、何か知ってるかい?」

「……お婆なら、今、念のために修行中だ」

「念のために……修行?」

「若い頃、身につけた伊賀忍法の秘術。それを思い出すため深山幽谷に籠もっておる」

「若い頃って、あの梅干し婆に若い頃なんてあったのかい?」

「ふふ、小太郎よ。そんなこと言って、お婆がここにいたら、おまえは毒殺されているぜ。狐狸婆は今でこそ陰で伊賀者を指図しているが、元はといえば伊賀の山楝蛇(やまかがし)と呼ばれた凄腕くノ一さ」

「山楝蛇……。本当は蛇だってのに、狐や狸のふりをしているってわけかい?」

「そうさ……。そのお婆が山に籠もって伊賀の秘術を会得し直している。これは恐ろしいことなんだ、風魔の小太郎さんよ」

いつもは悠然としている高坂八魔多の顔が少々、真顔だった。

「八魔多の大将がここまで出張ってくるのも相当だと思っていたが、狐狸婆が……なんだ……本性? 本性を現す必要があるほど、こんどの戦は危ないことになりそうなのかい?」

すると、八魔多の表情が弛んだ。

「だから、念のため、と言っただろう。十中八九、徳川が勝つ。しかし、かつて、お婆の八卦に出たように、家康が戦の最中に落命の憂き目に遭うことにでもなれば形勢は逆転するおそれがある。そんな卦がまた出たならば、お婆は狐狸婆転じて山楝蛇のくノ一へと立ち戻る。だが、長きにわたり使わないでいた伊賀の奥義は、すぐに使えるものではない。今のうちからじっくり練り直しておかなければ、秘術は発動せぬからのう」

八魔多は盃に酒を満たし、一気に飲み干すと、「まあ、おまえも一杯やれ」と、柄にもなく冷や汗を微かに浮かべた小太郎へ盃を突きつけた。


 大坂城惣構え南側から出て東へ四十間(約70メートル)、崖を背にした小高い土地。そこでは後日「真田丸」と呼ばれるようになる出丸が、突貫作業で構築されていた。東西約二町半(270メートル)、南北約一町半(160メートル)、半月形の出曲輪である。
 攻め込んだとすると、まず柵列をびっしり立て回した土塁があり、それを乗り越えると深さ七間(約12.5メートル)の空堀の底へ降りる。十間(約18メートル)ほど進むと逆茂木があり、それを打ち壊すと土の急斜面。遮二無二登るとまた逆茂木。そこを突破してもさらに三間の斜面を登らねば曲輪の壁には到達しない。
 真田丸を半円形に取り囲む壁には上下二段に開けられた銃眼が切ってあり、それが一間(約1.8メートル)おきに無数に並んでいる。さらに二十間おきに櫓がいくつも立ち、そこからも鉄砲で狙われる。

「おやじ。ここからなら敵をいくらでも撃ち下ろすことが出来るな。腕が鳴るぜ」

鉄砲狭間の下見に来ていた飛奈が父親の筧十蔵に笑顔を向けた。娘らしい身なりなら可愛いはずなのだが、今の飛奈は髪を後ろできりりと結び、射撃の反動に対処するための頬当てにより顔の下半分が隠れ、すでに臨戦態勢であった。

「狭間から撃つ時は身体が壁で守られているから安心だが、この出丸から打って出て鉄砲を放つとなると恐いぞ。飛奈は大丈夫かな?」

「打って出る……。そういうこともあるのか?」

「敵をここにおびき寄せるには、向こうに見える篠山(山といっても小高い丘のようなもの)まで出張って敵の陣に鉄砲を撃ちかけることにもなろう」

「あの小山か。それなら大丈夫だ。九度山で藪の進み方は熟知しているし、枝の隙間から敵を仕留めたこともある」

「そうか、それならば、いざという時には飛奈にも声を掛けるぞ」

「ああ、そうしておくれ。……けれども、敵をおびき寄せるのに銃での挑発だけで大丈夫かな」

「乗ってこないことも考えられるか」

「……前もって敵の将に細工しておいたほうがいいかもしれない」


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