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真田拾誘翅(さなだじゅうゆうし)
【歴史物 官能小説】

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「鎌之助。おぬし、伊賀者を陰で統べる狐狸婆なるものに命を狙われておるようだのう」

幸村に言われ、由莉鎌之助は「はて?……」と首を傾げた。それを見て幸村の隣に座していた大助が微かに笑う。

「風魔小太郎が手の者、くノ一の紅玉が吐きおったわ」

「狐狸婆……。とんと心当たりがござりませぬが……」

「過日、出雲のお国一座が危難の折、佐助らと共に敵を襲撃したであろう」

「……はい」

「その敵の一人が、伊賀者の頭領、高坂八魔多だったらしい」

「かの者が……」

「その折、おぬし、槍で女人を突き伏せたであろう」

「…………ああ、そういえば目付きの悪い、八魔多の情夫とおぼしき女がいて、薙刀で打ちかかって参ったゆえ、槍で応じました。……あの女、生きておりましたか」

「生きておったのでおぬしが恨みを買ったのだ。きちんととどめを刺しておくべきであったぞ」

「申し訳ござりませぬ」

「八魔多襲撃の後、顔を見られたおぬしが江戸で道場を開いておるのも剣呑なので引き払わせたが、そうしておいてよかった。八魔多とともに伊賀者を操る大物、狐狸婆なる者の娘におぬしが深手を負わせていたのだからな。しかし、この九度山に由莉鎌之助が潜んでいるやもしれぬと見当をつけられたことは、ちと厄介だのう」

「徳川方にも切れ者がいるようで……」

「まあよい。……ところで、くノ一の紅玉だが、脚の一つでも折って放免しようとも思ったが、心を鬼にして闇に葬った」

「お優しい殿にしては思い切りましたな」

「おぬしが教えてくれたではないか。恨みを抱く者を生かしておっては将来に禍根を残す、とな」

皮肉めいた言葉に鎌之助が苦笑いをし、幸村も微妙な笑みを返していたが、ふと、表情を引き締め、隣の大助にうなずいてからこう言った。

「これから先、もっと思い切ったこと……、九度山の真田一族の命運を賭して行うべきことが出来(しゅったい)するやもしれぬ」

「それは?」

「また、大きな戦が起こり、それに乗じて我らも戦場(いくさば)に躍り出ることになるかもしれぬということじゃ。……日の本を平定し、ひとときであれ人々に安寧をもたらした太閤。そんな傑物が他界し、秀吉の僚友といえる前田利家もなき今、徳川家康は豊臣政権に対する忍従の仮面を外しおった」

「そうですな」

「征夷大将軍という地位を利用し、家康は秀頼に江戸への上洛を再三求めておったが『徳川将軍家が豊臣家を家臣と見なす形になる』と淀殿が忌避し、この呼びかけを拒絶していた。が、後水尾天皇の即位が執り行われる折、家康は秀頼に共に二条城へ伺候しようと巧みに誘いを掛けた」

「それに対し、秀頼君の身の危険を案じる淀殿が反対したものの、結局、加藤清正や浅野幸長らの警護を条件に渋々ながら承知することになったのでしたな」

「さよう。儀式を行う二条城御成の間にて秀頼は、家康が従一位で自分が正二位という官位の差があり、また、家康が年長者であることや妻千姫の祖父という理由もあって、家康に上座を譲った。この他意のない行為を『徳川政権に太閤の威光はもはや通用せぬ』と解釈する者もあったため、その見解は諸大名や公家衆に伝播し豊臣家の影響力は衰え始めていった」

「さらに家康は秀頼君に『大規模な寺社の建立、修繕を行いなされ。権威を知らしめることになりますぞ』と勧めたりもしましたな」

「武力では徳川方に大きく水をあけられていた秀頼は、せめて財力で名声を保持しようと方広寺再建をはじめ多くの仏閣のために資金を費やした。これにより太閤の遺した莫大な資産はどんどん目減りし、豊臣家は金の力で諸侯を動かすということも難しくなってきた。……このように太閤の遺子、秀頼という存在を排除しようと、臆面もなく政治工作を仕掛けている家康だが、なぜだと思う? 鎌之助」

「はて……?」

「大助は分かるか?」

「……分かりませぬ」

「徳川秀忠は征夷大将軍ではあるが、正二位右大臣の官位を有する秀頼が将来、関白になった場合、秀忠は下風に立たざるを得なくなる。武家政権の首長であっても、律令的権限のみならず軍事的統率者としての権能も有する関白には臣従しなければならないからだ」

「秀頼君が関白……」

「そんな物騒な芽は自分が存命のうちに何としても摘まねばならない。家康はそう思うゆえ、焦ってきておるのだ」

「家康は秀頼君を討つ口実を何としても見つけ、いや、捏造し、太閤の忘れ形見を滅ぼす戦を仕掛けるに相違ない。殿はこう思うわけですな」

「さよう。豊臣家の危機が訪れる。しかし……」幸村は言葉を切り、顔を鎌之助にグイッと近づけた。「しかし、その危機が我々にとっては起死回生の好機となるやもしれぬ」

「好機ですと?」


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