投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

プラネタリウム
【ラブコメ 官能小説】

プラネタリウムの最初へ プラネタリウム 103 プラネタリウム 105 プラネタリウムの最後へ

M-3

バスで帰るつもりだった。
バス停で『全然来ない…』とか思ってたけど、実は何本も来ていて、ただ瀕死状態で見送っていただけだった。
アルコールを帯びた身体なら瀕死でも「乗ります!」って言えるけど、今の体力じゃ無理だ。
ましてや勤務後なんて絶対1000%無理だ。
そんな身体だから、今もこうしてベンチで眠って薄手のパーカーが寒いな……なんて思ってる。
…起き上がれない。
この世が終わりそうな気がする。

…ねえっ!

このまま具合悪いのが悪化して入院とかになるのかな…。

風間!

嫌だそんなの。

風間!大丈夫?!

やだよ…もう、入院なんてしたくない。
健康な身体が欲しい。
ただそれだけでいいのに。

ばか!!!


陽向は虚ろな目を開いた。
目の前にいたのは、進藤だった。


「ビックリした」
20時手前。
進藤は陽向の前髪を分けながら「ホントに病弱だね」と笑った。
ここは自分の家の布団。
そろそろ夏本番なのに暑くはなく、むしろあったかいほどだ。
「飲みな」
そう言って進藤が差し出してくれたのは、渋味の効いたお茶だった。
「…すみません」
「ちょっと色々キッチンらへん漁っちゃった」
進藤は長い前髪を右耳にかけながら微笑むと、陽向の真っ赤なほっぺたにアイスノンを押し付けた。
「い!!!!!」
「あはは!冷たかった!?」
「…冷たいですよ」
「ごめんごめん。病人だもんね。からかうのはよくないか」
今はもうプリセプターではない。
勤務もほとんど被らない。
「進藤さん…今日……なんであんな時間に…」
もう、なんでもない一スタッフとしての関係だと思ってたのに…。
どうしてここまでしてくれるの。
そう、言いたかった。
だけど何故だか言えず、くだらない質問が口を突いて出る。
「…今日は外来に派遣されてたから。あー!ちょー話したいこのイライラ!」
陽向は笑いながら「聞きたいです」と笑った。
その顔を見て進藤は切なそうな顔をした。
「こんな時に言えるわけないじゃん。風間…明日の勤務は?」
「休みです」
このところ、変な勤務が続いている。
日勤、休み、夜勤夜勤、休み、日勤、休み……みたいな。
だったら二連休がいいなんて思ったりしていたとこだ。
「そっか。じゃあゆっくり休みなね」
「ハイ」
「そーそ。ゆっくり休め」
「へ?!」
聞き慣れた敏感な声色に怖じ気づく。
そして、何故だか安心感さえ覚える。
…やはり瀬戸だった。
優しくしてくれるのは知ってたし、現に今日もそうだった。
なんでここにいるの…。
しかも進藤さんと一緒に。
「すぐ身体壊す」
「……」
「無理してんだろ」
ライブが無理の範疇に入るとは思いたくない。
好きでやってることだから。
仕事と両立出来なかった事実を受け止めるしかないのかもしれない。
瀬戸には何も言いたくないし、言える仲でもない。
「無理なんて……してないです」
陽向は再び虚ろな目で言った。
「これでも?」
目の前に体温計が突き出される。

39.5℃。

「……」
「お前、休みもまともに休んでねーだろ」
「なんで…」
瀬戸は部屋の隅にある黒いスーツケースと、その横のテーブルに置いてある紙に目を向けた。
その紙に書いてあるのは、これから5ヶ所回るところで演るセットリストが書いてある。
しかもご丁寧に日付けと場所まで。
これは、完全に負けだ。
「全国回ってるわけ?こんな時間ねーのに」
「瀬戸さんには関係ない」
「なんでこんな無茶すんだよ」
「無茶じゃない!」
陽向は布団から出て瀬戸の目の前に立った。
ものすごくフラフラする。
進藤が心配そうにこちらを見ている。
外で、パトカーのサイレンが鳴っている。
「現にこーやって熱出して。何が無茶じゃねーんだよ。自分の体調も管理できねーよーな奴はミュージシャンとしても看護師としても終わってんな」
心臓に釘を刺されたような生温い衝撃に襲われる。
頭が真っ白になる。
たったその一言で。
進藤が「薫!」と声を荒げた。
下の名前で呼んでるの、初めて聞いたな。
復縁したのかな……今はそんなのどうでもいいけど。
「あんたなんでそんなこと言うの?!ホント最低。風間がどんだけ頑張ってると思うの?!」
「はぁ?お前にゃわかんねーだろ」
「わかんないけどさ……。でも風間は仕事も好きな音楽も全力でやってるじゃん。あんたのひねくれた頭じゃ到底できないことだろーけど!」
「バカかお前。アツくなっちゃって」
2人のやりとりをボーッと見る。
涙が頬を伝う。
床に落ちて跳ねた。
「もう、いいです…」
2人がこちらを見る。
「ごめん風間…泣かないで…」
進藤が肩に手を置く。
それを優しく離して「ありがとうございました」と言って半ば無理矢理玄関に押し出した。
「気を付けて帰ってください」
瀬戸も進藤も、何も言わなかった。


プラネタリウムの最初へ プラネタリウム 103 プラネタリウム 105 プラネタリウムの最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前