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主役不在U〜主役健在〜
【ファンタジー その他小説】

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主役不在U〜主役健在〜-4

 モップの頭は力を蓄え怪しい男の後頭部を直撃し、男はそのまま昏倒する。
「うっわー、この人もしかしてメロスですか?」
「もしかしなくてもメロスでしょ」
 呆気にとられて男を見下ろすミツル。亜紀は特に動じることもなくミツルの背後のリュックから本を取り出すと男に被せた。
 メロスは本の中に帰り、二人は再び音楽室を目指した。メロスの騒動で解らなかったが音楽室のすぐ近くにまで来ていたのだった。
「案の定、ベートーベンもいるわ」
 音楽室から明かりが漏れているのを見て亜紀はベートーベンもいると確信した。
 ミツルも、相手がお化けの類ではないのでわずかながらに勇気が出た。
 躊躇いもなく、勢いをつけて音楽室の扉を開け放つ亜紀。
 するとそこにはピアノの前に座るベートーベンの姿があった。
「私は……」
 ベートーベンが口を開いた。
「私はベートーベンが嫌いだ!」
 鍵盤に指を激しく打ち付ける。
「まあ、ベートーベンと挿絵のベートーベンは別人格なんだからベートーベンがベートーベンを嫌いでも不思議じゃないけど……」
「私はベートーベンの音楽が嫌いだ。だから私がベートーベンをはるかに凌駕する素晴らしい楽曲を生み出し、この世の音楽を塗り替えてやるのだ!」
 そう言って鍵盤を掻き鳴らす挿絵ベートーベン。熱心に五線譜に書き込み、時折声に出して自ら作曲した音楽を口ずさむ。
 それは果たして音楽なのか騒音なのか。規則性はあるものの耳に心地よい音楽とは程遠い。
「ぼげぇー、ぼえぇ〜〜」
 しかも、挿絵ベートーベンは音痴だった。
 耳を塞ぎ、踞る亜紀とミツル。
「そもそも音楽の勉強なんかしたことがないんだから、まともな音楽が作れる筈ないのよ」
 耳を塞ぎながら亜紀が悲鳴にも似た声を出す。しかし、挿絵のベートーベンは聞く耳を持たなかった。
「五月蝿い!情熱と才能さえあれば音楽の勉強など不要!人の敷いたレールの上では私の個性が死んでしまうではないか!!」
「どうしてドイツもコイツも、本の中の連中は人の話に耳を貸さないのよ」
 亜紀はよろめきながら立ち上がると、ベートーベンの横っ面にモップの柄を叩き込んだ。
 勢い余って壁に激突するベートーベン。
 そして断末魔のベートーベンの言葉はこうだった。
「……私はドイツのベートーベンではない」
 騒音公害がなくなり、ミツルは気を失っているベートーベンの上に本を被せて元の世界に戻した。
「……さて、お次は」
 大きく息を吐き出し、亜紀は呟いた。
 そして次に二人が向かったのは、夜の室内プールだった。
 暗闇に目を凝らす二人。
「うげ、何アレ……?」
 暗闇に目が慣れてくるとプールの異様な光景が目に入ってきた。
 水は抜かれておらず、水面にドッヂボール大の褐色の玉が無数に浮いているのだ。
 光沢のある無数の玉は大きな卵にも見えるがうっすらと産毛が生えているようにも見える。
「何か、エイリアンの卵みたいで気持ち悪いですね」
 ミツルは固唾を飲んで後ずさった。
 多少の事では物怖じしない亜紀にしても、生理的嫌悪感を催すものには流石に近づきたくない。
 そこへ、プールの対岸。暗闇の中から何者かのかすれた呻き声が聞こえた。
「姐さん……、助けとくんなはれ」
 聞き覚えのある関西弁に、亜紀とミツルは思わずプールの向こう側に目を凝らした。
 暗闇にぼんやり浮かぶ白い塊。
 よく見るとそれは、磔刑台に縛られた白いウサギであった。本から抜け出し、本の中の住民を現実世界へ出してしまう張本人。アリスの挿絵の実体化。


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