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主役不在U〜主役健在〜
【ファンタジー その他小説】

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主役不在U〜主役健在〜-1

 猛暑、炎暑、酷暑……。
 日本列島を猛暑が襲っていた。
 短い生を謳歌するが如く、街路樹に発生した大量の蝉達は大音声で唱和している。
 芳流閣学園の校庭も例外ではなく、陽炎が立ち上る中、太陽が矢のように照りつけ、砂を焦がしている。
 夏休みとは言え部活もなく、校庭には人影はない。
 学園の図書館司書、西園寺ミツルは窓の向こうの熱砂に眉をしかめると暑さに辟易しながら机に臥せった。
「寒波のことを冬将軍なんて言うけど、炎暑のことはなんて言うかなぁ……」
 アスファルトに落ちたソフトクリームの如く脱力し、下らない事を呟くミツル。
 最早、目は虚ろ。神経の細いミツルは最近あまり食欲がない。
「夏大王とか夏帝王とか……夏大王者かめはめは」
 益体もないことを呟き続けるミツル。今にも涎を垂らさんばかりの疲弊ぶりである。
 そこへ、図書館の扉が勢いよく開いた。
「扉をバーンッ!!」
 太陽の恵み、夏の生命力を体現したかのような少女、ミツルの先輩司書藤咲亜紀が意気揚々として姿を現した。
「……無駄に元気。扉じゃなくて引き戸だし……つか、図書館ではお静かに」
 蚊の鳴くような声で呟くミツル。
 亜紀の耳にも辛うじてその言葉は届いていたが、敢えて無視し、スリッパでミツルの頭を軽快に叩く。
「イッタァ!?何するんですか先輩」
「気合を入れてやったのよ、ふふん」
 口元にスリッパを寄せ、悪戯っぽく笑う先輩司書。その上目遣いにミツルは思わず視線を泳がせた。
「ところで最近、屋内プールにお化けが出るって噂、聞いたことがない?他にもベートーベンの肖像が動き出したとか色々。小学校の七不思議みたいな幼稚な話だけど、もしかして、また彼奴の仕業かも知れないと思ってね」
 いきなり切り出された亜紀の言葉に、ミツルの頬が引きつった。
 亜紀の言う彼奴とは不思議な国のアリスに登場するウサギのことである。関西弁を操る怪異なウサギで、普段は本の中に挿絵として存在しているが、彼が挿絵から抜け出して校内を歩き回ると現し世のバランスが崩れ、他の本の挿絵が抜け出して好き勝手に振舞うのだ。
「だけど、アリスの本に異常はありませんよ。ほら……」
 ミツルはそう言って亜紀の前に本を開いてみせた。
 懐中時計を手にしたウサギは健在である。
「今はね……。噂の出始めは学校で合宿をしていた部活の子等で、お化けを見たというのは夜。もしかすると私達が下校した後に本から抜け出しているのかも知れないわ」
「まさか、夜の学校に忍び込むんですか?」
「私達は司書。調和のとれた本の世界を乱すものは例え誰であっても許すわけにはいかないわ。それが私達、司書の使命ですもの!」
 使命感に瞳を燃やす亜紀に対し、ミツルはこめかみを指で押さえて深くため息をついた。
「私達って勿論、僕のことも含まれているんですよね。……いえ、いいんです。いいんですが。でも、司書の仕事ってもっとこう、もっとこう何て言うか」
「グダグダ言わない。取り敢えず、今晩九時に駅前の月岡堂で待ち合わせよ。遅れないでね」
 月岡堂は24時間営業の本屋である。本格的な喫茶コーナーもあり、本を買ってそのままお茶をしながら読書することもできる。
 その日の晩、ミツルは早い目に家を出て、月岡堂で本を数冊買って喫茶コーナーで亜紀が来るのを待った。
 ちょっとしたデート気分であったが、これから学校へ忍び込むことを考えると憂鬱になる。
 しかし司書たるもの本好きの性か、いつしか本に没頭し、目の前に亜紀が現れたことにも気が付かなかった。
「お待たせ」
 少女の声にミツルは本屋のレジでもらった栞を本に挟み、顔を上げた。ミツルは私服姿を期待していたが、そこにはおよそ色気のない黄色のツナギを着た亜紀の姿があった。


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