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耳にキス、キス、キス。
【女性向け 官能小説】

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理由-11

 きちんと手を合わせてからお箸に手を伸ばすヒロキくんを見て、その姿をわたしはとても好ましいと感じた。彼は外食をしたときも、いただきますと帰り際店員さんにご馳走様を言うのを忘れない。

「沙保さんは今日、何をして過ごしてた?」
「今日はね、クローゼットの整理をしてから掃除機をかけて、お鍋を磨いたり本を読んだりして過ごしていたの」
「そうなんだ、沙保さんってほんとうに働き者だよね。僕だったらバイトや予定のない日曜日はひたすらダラダラして過ごしちゃうかも」
「そういう日もあるわよ。洗濯したシーツを干して、それをぼーっと眺めながら紅茶を飲んでゴロゴロしたりね」
「そんな沙保さんも見てみたいな」

 やわらかい笑顔。
 そして、彼は食べ物をほんとうにおいしそうに食べる。
 具沢山の豚汁を褒め、お豆腐と海藻と生野菜のサラダを居酒屋さんみたいだと嬉しそうに言い、手羽先のしぐれ煮とごはんの相性の良さを何度も口にする。蓮根のきんぴらに至っては、自分も作ってみたいと作り方をスマートフォンにメモしていた。

 細い身体に次々と食べ物が収納されていく。
 寒い日はあたたかいものがいいねぇとヒロキくんがニコニコして言った。わたしも、そうだねぇとニコニコして返した。

 わたしたちは今、同じものを同じように食べている。
 蓮根も大根もゴボウもレタスもワカメも手羽先も、すべてがわたしたちの一部になる。
 すべての食材の栄養素がわたしたちの身体に行き渡り、髪を、爪を、肌を作っていく。
 幸福なことだと感じた。
 そして、一生懸命作ったものをこうしておいしそうにすっかり食べ終えてしまうひとっていいなぁとわたしは改めて思った。

「おいしかった! 沙保さんはお料理上手だね」
「おくちに合ってよかった」

 食後に熱いほうじ茶を飲みながら、わたしたちはいつものように並んでベッドを背もたれにして座った。
 身体の内側からあたたかい気持ちになる。満たされた、あたたかい気持ち。

「お皿を洗って片付けたら、お風呂に入る? それとも──」

 ヒロキくんがわたしの耳に触れて言った。あたたかい指。
 お皿を洗うよりも先に、わたしたちはお互いを満たし合った。

 あたたかい身体が合わさる。ほんとうに、ぴたりと合わさることに感動する。
 指の先から身体の奥底まで、わたしたちはしっかりと絡まり、混ざりあえる。

 ヒロキくんがため息のような声を漏らしながら、好きだよと繰り返しわたしの耳元で囁いた。
 歯型がまた、ひとつふたつと増えていく。




「髪、切ろうかなあ」

 ドライヤーを片付けながらぽつりと言うと、ヒロキくんが血相変えて猛反対した。

「だめ! 絶対だめ。耳が見えちゃうでしょ? ぜーったいにだめ!」
「でも、乾かすの大変なんだよー」
「そんなのっ。僕が乾かしてあげるよ!」
「えー? じゃあ、ヒロキくんがうちに泊まるときはそうしてもらおうかなぁ」
「毎日してあげるよ。僕、来週卒業するし、三月下旬から入社するところの研修が始まって四月から沙保さんと同じような生活になるわけだから、いっしょに暮らしたいなと思ってて。家、探そうよ」

 わたしは鏡越しのヒロキくんを無言で見上げて目を瞬いた。

「昨日みたいなことが今後もあったら嫌だしね。まずは、沙保さんのご両親のところに挨拶しに行かなきゃね」
「ヒロキくん──」

 脱衣所から出たヒロキくんについて出て──ふと玄関のドアに目が止まった。
 あれ……?


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