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和州道中記
【その他 官能小説】

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和州記 -絆--1

「…今日一日も、此処でゆっくり休み」
いつから起きていたのだろうか。
緑の木々から挿し込む光で竜胆が目を覚ました時には、彼は既にその頭に手拭を巻いていた。
手拭も巻いて準備万端…かと思えば、万端なのは首から上だけ。
彼は着物を身に着けていなかった。
と言うのは、横になった竜胆の身体に、彼の着物が掛け布代わりにかけてあるからだ。
優しく笑んで言う一紺から慌てて目を逸らしたのは、そのせいである。
そしてもう一つ、昨夜のことが気恥ずかしいからであった。
着物の敷布にくるまった竜胆は、身体の中に今だ冷めやらぬ何か熱いものがあるのを感じる。
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――山賊に襲われ、ぼろぼろになった竜胆を背負った一紺は、森を一日歩いて廃屋を見つけた。
急激に発展を遂げた都近くの森中には、良くこんな廃屋がある。
彼女を背負ったまま村や都まで行くよりは、誰もいない小屋を見つけて休んだ方が良いと、一紺は判断した。
そんな中、辺りが闇色に染まり始める前に廃屋を見つけられたのは幸運だった。
「取り敢えずは此処で落ち着こな」
背に負った彼女の身体をゆっくり下し、己の着物をその上にかけてやる。
寒くはないが、暑くもない。
「そんな格好…風邪、引くぞ」
掠れた声で言う竜胆に、微かに笑みを浮かべると一紺は言う。
「寒うなったらお前が温めてくれんのやろ?」
「…馬鹿」
小さな声で竜胆は言った。疲れたような声に顔。
笑みはそのままに、少しだけ顔を翳らせて一紺が言った。
「嘘、嘘。それより、身体、大丈夫か?」
「ん…」
「寒うない?って言うても、行火(あんか)なんかないけど」
「…ん」
竜胆が寝返りを打った。一紺からは顔を背ける形になる。
その背を暫し見つめ、一紺は静かに竜胆の元まで歩み寄ると、その肩に手をかけた。
その拍子にびく、と竜胆の肩が跳ねる。
振り返った竜胆は、怯えたような表情を浮かべていた。

「怖いか、男が」
竜胆は困惑の色を瞳に浮かばせながら一紺を見つめる。
肩に置かれた手を気にしながら、竜胆は小さく頷いた。
すると、一紺は竜胆の腕を引っ張って起き上がらせ、その身体を強く抱き締める。
「い、こ…?!」
「黙って聞いてや」
強い力で抱き締められ、更に困惑する。
「…俺、やっぱりお前が好きやねん」
そう言う一紺は、沈痛な表情を浮かべる。
「昨日も止められんかったけど、このままお前と旅続けてたら、きっと俺、お前が嫌言うても犯してまうかもしれん」
「…」
「自分で自分を抑えられる自信がないんや」
一紺は一息ついて言った。
「俺、お前が嫌なことはしとうない。俺が嫌やったら、このまま俺を突き飛ばして。そん時はお前との旅、終わりにする。でも、もし…嫌やなかったら…」
「…け、ないだろ…」
竜胆が、抱き締められたまま小さく嗚咽を漏らした。
「…突き飛ばせるわけ、ないだろ!」
唇を噛締めて、竜胆は一紺の胸に抱かれながら言った。
「男が、怖い。怖いけど…山賊にされた時は嫌だったし、怖かった…けど」
一紺の胸板が、涙で濡れた。
「お前なら、怖くないんだ。抱かれても嫌じゃなかった!突き飛ばせるわけ…ないよ…」
彼は泣きじゃくる竜胆を優しく抱き締める。
「…『好き』なんて気持ちは分からない。けど…」

(この絆(つなが)りを失いたく、ない)

――彼に初めて会ったのは、確か一年前になる。
親にも里親にも捨てられ、それから拾われた先で落ち着いたのはほんの刹那。
人狩りで皆、殺されてしまった。
何も出来なかった悔しさに、師匠である老婆の下、剣の腕を磨いた日々。
山の中でその老婆と共に暮らしたが、それも束の間で、間もなく彼女も患っていた病で亡くなった。
自分が触れる度に人は自分の前から消えて行った。
失う悲しさを味わうなら、最初から触れなければいい。
気が付けば、人を遠ざける自分があった。


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