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まことの筥
【二次創作 官能小説】

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まことの筥-3

「……ね、あの人」
 移り住んで落ち着いた頃、姫君は御簾向うの庭先に見えた男を指して近くに居た女房に問うた。「あの人なに?」
「ああ、右兵衛の少尉様でございますね」
 付女房の一人が答えて、もう一人の女房と顔を見合わせると、ぷっと可笑しさが堪え切れずにふき出した。
「……なぜ笑うの?」
「あの男にはお気をつけあそばせ。……色好みの平中は、すべての姫君に声をかけぬことが恥と思うておるほどの女たらしでございますから」
「ええ、おおよそ姫様の噂を聞きつけてやって参ったのでございましょう」
 笑い合っている女房の側で、ふざけが過ぎると唐崎が顔をしかめて手を鳴らすと、彼女たちは笑いを呑んだ。しかし呑み込み切れずにまだ肩を震わせている。
「姫様、そんな端近では誰かに見られてしまいます。もう少しこちらへ」
 御簾に寄って平中を眺めている姫君を諌めたが、姫君は興味津々で更に良く見ようと身を乗り出している。
「女たらしなのね。……たしかにきれいな顔をしているわ」
 姫君の目には、垣の側に佇んでいる平中は当世風の狩衣に身をまとい、髭も鬢の様子も麗しく、都の外ではまずお目にかかれぬ貴公子に映っていた。
「女たらしというか、女好きであることは間違いございませんねぇ」
 まだ笑っている女房が、こちらに気づいていない平中を嘲るように見やった。
「どうちがうの?」
「色好みを気取ってはおりますが……、かの昔語りに出てくるような公達のようにはいかぬようで。今は平中の名も世に広まって、私どものあいだでは、よい笑いの種でございます」
「あんなにきれいな方なのに?」
「たしかに、顔は整っておりますね。お生まれも悪くない方でございます。ですが……、しょせんは少尉様でいらっしゃいます。まず大臣の姫君にはそぐわぬお方でございますから、姫様におかれましては決してお相手なさらぬよう」
 するともう一人の女房が、
「……なにしろ、今は女ひとり落とせずに焦っておいでとか」
 と言って、唐崎に窘められたばかりなのに、また二人で目を見合わせてふき出した。
「ふうん……。ね、もっと近くで見てみたいわ。御簾の前に呼べないかしら」
「なりまぬ」
 唐崎が目を見開いて御すると、ちょうど塵芥を集めに来た女童が現れた。見れば姫君と歳近い。
「ねえ、あなた」
 退出しようとする女童を呼び止めて、「その衣、脱いでもらえる?」
「あれ、なにをなされますか?」
 唐崎が訝しむのを無視した姫君は、
「わたしの召し物と取り替えましょう」
 と言って打衣を脱ぎ始める。唐崎が止めようとしたが、姫君はおろおろしている女童から半ば剥ぐように薄汚れた衣を奪い取ると、これを羽織ってしまった。
「大臣の姫ともあろう方が身を窶すようなことをされては笑い者になります」
「わかりはしないわよ。こうすれば――」
 と、姫君は両手で顔をこすり、本院に来て以来塗っている白粉や眉墨を落として顔を汚した。突然の不躾な所作に女房たちも驚いて姫君を止めようとしたが、あれよあれよという間に、女童が持っていた床を拭くのに使う汚い麻布を頭に巻きつけて長い髪を隠す。
「姫様! なりませぬ」
「うるさいなぁ、もう」
 姫君は袖を引いた唐崎を腕を振るって退けると、御簾の外に出て行ってしまった。ここで大きな声を上げては騒ぎになってしまうから、唐崎ほかの女房たちは祈りながら見守るしかない。


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