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まことの筥
【二次創作 官能小説】

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まことの筥-1

 藤原家筆頭として権勢を恣にしていた時平が本院と言われていた屋敷に一人の姫君を囲っていたことはあまり知られていない。
 いつか逍遥に出かけた折に、都はずれの苔生した屋敷に住まう女とほんの慰みで逢ったのだが、しばらく経って世話係だと言う女がこの姫君を連れて縁に縁を辿って本院まで行き着き、「ここにおられますのはあなた様の娘です」と必死の形相で迫ってきた。当代一の栄華のおこぼれに預かろうと何やかやと理由を付けて時平に擦り寄ってくる者は多く、いちいち相手にして救けてやっていては身がもたないから、殆どの申し出は一笑に伏して追い払っていたのであるが、この時ばかりは時平は言い訳ができなかった。充分な灯りも保てぬ貧しい屋敷の中で救いの手を待っている女は、とかく女好きの時平の想像では可憐で美しいはずだったのに、明けた空から射し込んでくる光に照らされた女の顔は彼を大いに失望させるものだった。そして世話係の女、何にちなんで付けられたのか唐崎と自称する女房が連れてきた姫君は、通女ではなかったあの女に瓜二つだったのである。
 姫君一人囲ったところで余程の贅沢をさせても時平の財が揺るぐはずもなく、頼る先を失ったこの姫君の境遇は本当に不憫であったから、奥まった対で面倒を見ることにした。母は宮家に繋がる由緒ある筋で、この姫君もその血を継いでいる、と唐崎は力説したが全く疑わしく、行きずりの女と成した子でもあるし、時平は境遇だけでなく姿も不憫である姫君の存在を大々と世に知らしめるわけにはいかなかった。しかし一方でいやしくも大臣家の姫なのだからぞんざいに扱うことは時平の矜持が許さず、密やかに住まわせるも古びた衣装を変えさせ、調度類を揃え、この時平の娘の付女房が唐崎だけでは足りぬと新たに二人を宛てた。
 するといったいどこから聞き付けるのか、大臣には実はもう一人姫君がいたらしい、しかも本院では人に容易には見せず大事に囲われているということだぞ、という噂が立ち、男たちがあらぬ妄想を繰り広げ始める。どんな姫君だろうと想像すればするほど、あの時平公が大事に囲っている姫君であるのだから相当な美しさであることは間違いない、という解釈こそが真として囁かれるようになった。時平には何人もの姫君がいたが、皆しかるべき先に嫁いでしまっている。いかでかこの姫君の背となれば、美しい妻を持てるだけではなく、時平を外戚とすることができる――男たちはこぞって姫君に何とか繋ぎをとれないものかと、昼夜問わず己が存在を姫君、そして時平に知ってもらおうと蠢動するのだった。
 時平は世の男たちの心の惑いに気づいてはいたが、公務の折に探るように伺ってくる彼らへひどく曖昧な返事をしていた。きっとこの姫君と逢った男たちは、あの朝ぼらけの中で自分が感じた同じ失望を興ずる違いない。背を持ったはいいが蔑ろにされては世の笑いになる。突然現れたとはいえ娘は娘であるし、父を頼って都へ上ってきたのに、そのような憂き目に逢わせるのはあまりにも可愛そうだ。情に深いところがあった時平は余程信用できるものでなければこの姫を預けるわけにはいかず、かといってあまりに彼らの探りを無碍にしていると余計な勘ぐりをさせて真実を知られてしまうかもしれず、姫君のこととなると中途半端な物言いにならざるをえなかった。
「頼むぞ……」
 突然現れて引き取らされただけでなく、その娘のことで気に病むことが増えたとあっては時平には迷惑な話であったが、ひとつだけ喜ばしいことがあった。


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