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【箱庭の住人達〜荊の苑〜】
【学園物 官能小説】

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第二話-3

「本当に……? 夜刀神君、私の事なら──」
 相手の事を心配し、懸命に言葉を綴る少年の背中が健気で、佐伯は思わず手を伸ばす。
「!」
 手が肩に触れるかどうかという所で、孝顕がぱっと振り向いた。驚いた彼女が手を引っ込める。
「っ……あ、あの……」
 反射的だった孝顕は自分の行動に酷く動揺した。外に出さないよう気をつけてはいたが、彼自身佐伯からの呼び出しを恐れていのだ。彼女と話している今も、本当は少しだけ怖かった。
 見せ掛けの平静を悟られまいと、孝顕は必死に心を落ち着かせる。

 緊張と微かな怯え。

 少年の表情と雰囲気にそれを感じ取った佐伯の内側を、じわりと這い上がるものがあった。
 やはり子供だ。完璧な平静さを取り繕えるほど、精神的に出来上がっている訳ではない。
 そう考えると、ここ数日間の酷い不安と罪悪感に苛まれていた自分が馬鹿らしくなる。
 あの日以降の少年の様子は、全くもって穏やかでどこまでも普段通りに見えていた。翌日に自分と話す時ですら緊張感のかけらもなく、静かでにこやかだった。実際は何もなかったのだと勘違いしたくなる程に。

 アレは全て、作り物か。

 眠れずに日々鬱々としていた自分は一体──。
 張り詰めていた緊張の糸が、佐伯の中でぷつりと切れた。
 少年を呼び出すのは実際、彼女にとって勇気がいる行為だった。それでも少年に対して償おうと考えていた。罰を受ける覚悟だった。誰にも打ち明けられない恐怖と苦しみの一切を心に沈め、普段通りに教壇に上がるのがどれほどの事だったか。
 数日の間に溜め込まれた感情や想いが、雪崩を打って佐伯の心を埋め尽くす。
 少年も同じだった。自分だけが苦しかった訳ではなかった。お互い同じだと分かりほっとした反面、彼女は無性に腹立たしくなった。
 無かった事に、というのはありがたいが、言葉だけならどうとでも言える。もし万が一、後から弱みに付け込まれる可能性も全く無いとは言い切れない。不安はついて回るだろう。若いの頃の過ちならいい、やり直しができる。しかし、自分にやり直しがきくかと言えば不安しかない。
 脳内を占める思いに気を取られているうち、孝顕を見つめる佐伯の視線は知らず厳しさを増していった。
 彼女の視線に一抹の不安を覚え、孝顕は自分の内心を隠すように顔を逸らす。軽く息を吐きだすと姿勢を正しパイプ椅子に座り直した。
「すみません。何だか、大げさに驚いてしまって……」
 自分の行動に恥じ入り苦笑する少年の声は、硬さがあるものの穏やかだった。速やかに自分を立て直す彼の態度が、さらに佐伯の心を逆撫でる。
「私のほうこそ……、ごめんなさい。ちょっと不用意だったわね」
 謝りながら、少年が座っている椅子のすぐ後ろに立った。さりげない動作で改めて彼の肩にそっと手をかける。今度は反応しなかったが、緊張を示すように顎の線と首筋が僅かに動いた。
「あの日の事は」
「無かった事にしたい?」
 孝顕の言葉にかぶせるように佐伯が言った。
「忘れる事なんて出来るの?」
 空いている手を伸ばし指先で少年の頬をなぞると、微かに肩が揺れた。あごを掴んで上を向かせ、不安を隠し冷静を保とうとしている瞳を覗き込む。
「あんな風に無理矢理身体を繋げた私を、君はこれからも先生だと思ってくれる?」
「努力、します……」
 自分を見つめ返す黒い瞳が余りにも真っ直ぐで、思わず佐伯は目を逸らしそうになった。

 悔しい。
 君だけが綺麗なままなんて狡(ずる)い。


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