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【箱庭の住人達〜荊の苑〜】
【学園物 官能小説】

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第二話-2

  ◆  ◆  ◆

 第二講義室での一件以来、佐伯は孝顕を度々呼び出すようになっていた。
 場所はその都度違う。自分達の教室の時もあれば、図書室や使われていない部室、屋上の給水タンクの陰(かげ)、などという事もあった。とにかく人気の無い場所に少年を呼び出しては淫行に耽った。
 最初の頃は少年もそれなりに拒否を示していた。言葉で、態度で、呼び出される度に 「嫌だ」 と言い続けていたのだ。けれど抵抗は長続きせず、強い調子で詰め寄られると簡単に挫けてしまう。そうなれば後は佐伯の思うがままだった。
 結局彼女の言いなりになる少年は、間もなく何も言わなくなった。指図を受けると、若干渋る様子を見せながらも従順に振舞う。
 そんな彼を、佐伯はいつも興味深げに見つめた。

 場の勢いと雰囲気で生徒を無理やり押し倒した事を、佐伯は後になって激しく後悔していた。
 感情の抜け落ちた硝子のような瞳、無言で講義室から去っていく背中。繊細で優しいあの少年を、最悪な形で傷つけてしまった。思い出す度に心が掻き毟られるような痛みに襲われる。
 このままで良いはずはない。何とかしなければと考えるが、少年にどう話しても傷を抉る事に変わりない。考えれば考えるほど身動きが取れなかった。
 それに、もしかしたら他の教職員に話してしまうかもしれない。彼が誰かに助けを求めたら──。考えると恐ろしくて仕方が無かった。低俗な週刊誌に踊る下品なタイトルが、脳裏に次々と浮かんでは消えていった。
 少年も心配ではあるが、己の教師生命が絶たれるのも避けたい。佐伯の心は良心と倫理、保身に揺れ乱れた。
 暫くは、いつ学院長に呼び出されるかと落ち着かない日々を送った。しかしいつまで経っても、佐伯の日常に変化は訪れなかった。


 一週間ほどが過ぎ、不安に耐え切れなくなった日の放課後、彼女はとうとう少年を進路指導室に呼び出した。
 あんな事をしでかした本人が呼び出したというのに、彼は普段と変らなかった。こちらから尋ねる前に、講義室での事は誰にも話していないと打ち明けられる。様子を見る限り嘘をついている訳でもないようだ。
 佐伯の危機は回避されたのだ。

「あれは、なかった事にします」
 孝顕は目を伏せたままそう言った。
 幅広の地味な机を真ん中に挟み、向かい合わせに置かれているパイプ椅子。壁は資料の詰まったスチール棚でほとんど埋まっていて、さして広くもない室内で結構な威圧感を与えていた。蛍光灯の明りの中、窓も無いため余計に息苦しい雰囲気がある。
 少年は机に鞄を置いてパイプ椅子に行儀よく腰掛けていた。少し離れた後ろには佐伯が立っている。彼女は少年に背を向け、棚に並べられたファイルを見るともなく眺めていた。
「無かった事……」
「先生も忘れて下さい。僕は、先生の生徒でいたい」
 平坦な少年の声に教師を気遣う気配を感じ取り、佐伯は振り向いた。視線の先にある白い項に猥らな記憶が過り目を閉じる。口元に自嘲の笑みが浮かんだ。
「夜刀神君は、それでいいの?」
 暗に訴える事も出来ると仄めかす。
「罰は受けるわ。人として、やってはいけない事をしたんだもの」
 それは少なくとも今の彼女の本心だった。全てを無かった事にして、教師として教壇に立てるのかと思ったのだ。後の事を考えると不安も恐怖もあるが、まずは少年に対して償いがしたかった。
「……いいんです」
 孝顕は静かに首を振る。
「僕は、先生の授業……、好きです。解りやすくて面白いし……。それに……」
 思いつくまま吐き出しながら、佐伯の正直な言葉に孝顕は胸を打たれた。やはり先生は、自分の思う憧れの先生なのだと感じた。一時(いっとき)の過ちで、先生がここから居なくなってしまうのは悲しい。
「……とにかく、あの時の事は、もういいんです」
 孝顕が口を閉じてさえいれば、何も問題ないのだ。


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