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【箱庭の住人達〜荊の苑〜】
【学園物 官能小説】

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第一話-6


 二人は取り留めのない話をしながらプリントをまとめていった。時折佐伯が冗談を言いそれに少年が応え、二人で顔を見合せて笑う。教師と生徒という立場ではあったが、二人の間にはそれ以上に打ち解けた雰囲気が漂っていた。
 のどかな空気の中、孝顕が何げなく呟く。
「やっぱり……、佐伯先生はいつも笑っている方が良いです」
「?」
 佐伯がプリントを繰る手を止めた。目の前の生徒に問いた気な視線を投げる。
「……ここ数日、先生、何か無理しているような気がして。その……、元気が無いようで心配だったんです。凄く辛そうで、どうしたのかなって。だから……」
 孝顕はゆっくりと話しながら、手元のプリントから視線を佐伯に向けた。放課後の教室で見たことは口にしない。
 今、目の前にいる先生の笑顔は少年が好きだったあの笑顔。けれど一人になった時、悲しみに沈むのではないかと思った。それが辛いのだ。
「……」
 佐伯は返す言葉をなくした。確かに自分は今精神的に苦しんでいる。しかしそれは子供に聞かせる話ではい。君には関係ないからと躱す事は簡単だが、真摯に心配してくれる少年を跳ね除けてしまってよいのだろうか……。
 純粋な目で自分を見つめる生徒を前に、彼女はどう答えたものかと眉根を寄せて微妙な表情を浮かべた。
 佐伯の表情をどう受け取ったのか、孝顕が慌てて謝罪する。
「あ、あのっ! すみません。……立ち入った事ですよね、僕──」
「……いいのよ」
 佐伯はさらに謝罪の言葉を重ねようとする少年を柔い声でさえぎった。
「いいのよ、夜刀神君。ありがとう、心配してくれて」
 穏やかに微笑むと、佐伯は少年の手の中のプリントをそっと抜き取った。自分の持つプリントと合わせ、既にまとめ終わった物に重ねる。机を使ってバラつきを丁寧に整え、ホチキスと一緒に元の紙袋の中に戻した。
 無言で一連の作業を終えると長い溜息をつく。ゆるい階段状になっている床の、通路の一段に腰を下ろした。佐伯を見つめたまま狼狽えている様子の少年を手招き、自分の隣に座らせると、おもむろに彼女は話し始める。
「私ね、長いことつき合ってた彼と、別れたんだ──」
 悔しさの滲む声で呟いた。


 その予感は前からあった。
 大学時代からつき合っていた彼。いつかは結婚できたら、と佐伯は心のどこかで思っていた。けれどそれは一方通行の想いだったのだろう。彼にはまだ結婚する気などなく、しかも、よそに本命の女がいた。
 どこにでもある、よくある話。
 女は佐伯の存在を知っていたが、佐伯は女のことに気づかなかった。彼にとって都合の良い存在、それが佐伯だった。
 結果、佐伯は捨てられた。



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