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【箱庭の住人達〜荊の苑〜】
【学園物 官能小説】

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第一話-4

  ◆  ◆  ◆

 翌日。
 朝のホームルーム。
 始業ベルが響くと共に佐伯が教室に入ってくる。生徒達との挨拶が終わると名簿を開いて出席を取り、連絡事項などその日の要件を伝えた。
 最後に明るく笑って、「では、今日も一日、張り切っていきましょう!」 と声をかけ教室を出て行った。

 一時限目の準備でざわつき始めた教室の中、孝顕は一人考え込んでいた。
 昨日ここで目にした光景が頭を離れない。見てはいけないものを見てしまったと、酷くうろたえている。
 ──たまたまだった。
 教室に忘れ物を取りに戻り扉を開けようと手をかけた時、覗き窓の奥に佐伯の姿を見つけたのだ。項垂れているような、寂しそうな様子が気になって声をかけられなかった。
 誰もいない教室で携帯を覗き込み、最後には机に顔を伏せ声をあげて泣きだした。
 視線の先で身体を震わせ涙する姿に、少年は少なからぬショックを受けていた。そこにいたのは自分達の知る教師などではなく、ごく普通の女性だったから。

(あんなふうに、佐伯先生が泣くのを初めて見た)

 思い出しただけで孝顕の胸はざわついた。胃の辺りから、何かが這いあがるような奇妙な感覚が湧きだしてくる。
 よほどの事があったのだろう。大丈夫だろうか……。

 以来数日、少年は授業になかなか集中できなかった。クラスでのホームルームや彼女が担当の教科、総合学習の時間、昼休み、とにかく佐伯を探しては目で追う。その姿を確認し、普段と違うところがあるのではと気を張り詰めていた。けれど、彼女は常によく笑い、よく話し、明るく授業を行う。
 もう大丈夫なのだろうか、元気になれたのだろうかと安心しかけていた矢先、少年はそれを見かけた。

 授業で使う資料を取りに来るように、と科学の教師に頼まれていた孝顕は、友人と二人で職員室へ向かった。渡されたのは、薄い小冊子とプリント四種類が三十人分。その分量に友人と顔を見合わせて苦笑していた所、ふと視界の端に佐伯を捉えた。
 彼女は何かの書類を見ているのか下を向いている。手元は手前にあるブックスタンドで微妙に隠れていて、孝顕の位置からは見えない。右手に持つペンが揺れているが、書き物をしているわけでもなさそうだった。下を向いている顔が僅かに動き表情が見える。心ここにあらずといった風情で、何かを堪えるように眉根を寄せる。軽い溜息をついたかと思うと立ち上がり、少年達の脇を通って職員室を出て行った。

 先生は無理をしている。
 そう感じた。

 自分達の前で見せていたあの笑顔の裏で、きっと先生は悲しみに暮れているに違いない。辛いのに無理に明るく振舞っているのだ。
 先生は自分達とすれ違う時、全く気がついていなかった。普段なら目敏く見つけて声をかけるのに。
 それに──。
 職員室を出て行く後姿が、教室で泣いていた姿にだぶって見えた。
 隣の友人から 「お前も持てよ」 と声をかけられ、孝顕は慌ててプリントの入った紙袋を受け取る。職員室から教室へと戻る道すがら、心の中が曇っていくのを感じていた。

 どうしたら先生が元気になるだろうか。
 どうしたら明るく笑ってくれるのだろう。
 どうしたら……。
 自分には一体なにが出来るだろうか。

 まるで己のことであるかのように胸を痛めていた。


 放課後、孝顕は佐伯の元へ向かった。用事があったわけではない。ただ気になっていただけだ。自分に何が出来る訳でもなかったが、傍についていたかった。
 だからその後の事など、何も考えていなかった。

  ◆  ◆  ◆


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