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忘れ得ぬ夢〜浅葱色の恋物語〜
【女性向け 官能小説】

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半世紀の時を経て-4

 僕は貴女に、あの最後の晩『君も忘れないで欲しい。彼の手を永遠に離さなくて済むように』と言いました。覚えていますか? この言葉を僕は撤回します。どうか忘れて下さい。僕との時間の全てを含めて。
 あの言葉は男のわがままそのものであると遅まきながら気づきました。僕の心のどこかに、自分と貴女との出来事を思い出として大切にしまっておきたい、という思いがあったのだと思います。しかし貴女とその愛する恋人の絆を断ち切るような行為を続けておきながら、『忘れないで欲しい』とは何と傲慢で思い上がった考えだったのでしょう。まったくいい大人でありながらああいう言葉を吐いたことを、僕は今、強く後悔し、自分自身を腹立たしく思っています。
 その上、妊娠していたら責任を取るから連絡を、と言った言葉も無礼千万で、非常識で、僕は情けなさに今すぐにでも消えてしまいたくなるぐらいです。貴女が妊娠していようといまいと、僕はすぐに貴女の恋人に会って謝罪するべきでした。そして彼からどんなひどい目に遭わされようとも、それを甘んじて受け入れるべきでした。彼自身、男として自分の愛する女性の中に他のオトコがその精を放つ、などということを想像するだけで胸が爆発しそうになるはずです。そればかりかきっと相手のオトコの息の根を止めてやると怒りに震えるだろうことは想像に難くありません。そういう想像力があの時の僕にはありませんでした。お許し下さい。本当に申し訳ありませんでした。
 しかし、今だからこんなことが言えるのかも知れませんが、もし僕があの時、もう10歳、いや5歳若かったら、貴女を躊躇いなく彼から奪い取り、どんな手を使ってでも妻と離婚し、貴女を二度と離さないと叫びながら抱きしめていたと思います。それぐらい僕は貴女に本気になっていました。まったく恐ろしいことです。そう考えると僕が貴女を苦しいながらもあの時手放すことができたのは、思えば僕にとって、もちろん貴女にとっても本当に幸運なことだったと思います。

 ただ、お解りいただきたいのは、『彼の手を永遠に離さないでほしい』という願いは、あの時から僕の中に間違いなくあったということです。貴女が幸せになる最善の方法は、心から愛し合っている恋人とこれからずっと一緒の時間を過ごしていくこと。そういう思いは僕の頭の中に確かにありました。大好きだった貴女が、本当に幸せになることを考えなければならない。貴女との最後の行為の後、特にそう強く思ったのです。
 もちろん、それは『頭の中で』とお断りしたように、あの時はそう簡単に貴女を手放す気持ちにはなっていませんでした。貴女に渡すつもりの診察費を覚悟を決めてずっと前から準備していたにも関わらず、いざ貴女を抱いてしまうと大きな迷いが生じてしまっていました。しかし、貴女が僕の身体の上で震えながら涙をこぼし続けているその表情が僕を現実に引き戻しました。ああ、この人はやっぱり恋人の元に帰るべき人なんだ、と貴女の閉じられた目から頬を伝う涙を見て、僕は決心したのです。
 これもただの言い訳にしかならないことはわかっています。理屈で解っていたとは言え、貴女との関係を止められないままずるずると引き延ばしていたこと、そのことで貴女の心と身体を縛り付けていたこと。貴女とご主人に対して犯した僕の罪の重さは計り知れず、まして消えることなどありませんから。


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