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笛の音
【父娘相姦 官能小説】

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笛の音 2.-29

 まだあった。津波に流されてはいなかった。高めのヒールは、下駄と同じように足元をフラつかせる。海風に煽られて転んでしまわないように、有紗は花柄のフレアスカートと髪を抑えつつゆっくりと降りていった。
 この辺りだったか。それとももう少し川に近いところだったか。暗かったからよく憶えていない。微かな波音を聞きながら港の方を臨んだ。もう陽が高く昇った漁港には、ここからでは全く人影が見えず、堤防に遮られて白波も見えないから、風を受けていなければ写真のように時間が止まって見えた。
「――有紗さん」
 振り返ると、長い脚を伸ばして早足に直樹が階段から続く道をやって来るところだった。頬が赤らんでいる。
「はっやい」
 水戸に着いてからメッセージを入れた筈だ。時計を見ると二時間かかっていない。「どこにいたの?」
「家だよ。ちょうど上野でスーパーひたちに乗れて……」
 直樹が屈んで膝に手をついて息を整える。走ってここまでやってきたようだ。
「そっか。……じゃ、二時間もかかんないんだね、ここから東京まで」
 茨城が東京にもっと近ければ何かが変わったわけではない。有紗は背後から風に吹かれて乱れた髪を整えるように手櫛で梳かして港を向いた。
「……どうしたの? 急に」
 死角から問われる。直樹を呼び出したのには理由がある。だが有紗はそれをすぐには言わず、
「憶えてる? ここ」
 と確かめた。
「……もちろん。忘れないよ」
「だよね。……私もさすがに憶えてる」
 鮮烈に。辺りは暗闇に溶け、目に入るものは朧なシルエットとなって、花火に照らされる度に瞬いていた。傍に立っていた、Tシャツ姿の直樹の整った顔も光の中に浮かび上がっていた。「私、あん時、浴衣着ちゃって、変に頑張っちゃってさー。今、思い出すとかなりイタかったよね?」
 川沿いの公園から花火を眺めるカップルたちに浴衣を着た女の子はいなかったと思う。
「そんなの、ぜんぜん思わなかったよ」
「そう? 可愛かった? 私」
「……うん」
「よかった」
 一度も振り返らずに話し終えると、有紗は黙った。背中で直樹が様子を窺っているのが分かる。突然こんなところまで呼び出すメッセージを受けて、こんなにも早くやってきてくれた。もし来なかったら、いつまでここで待つつもりだったのだろう? 陽がどっぷり暮れても、空腹に腹が鳴っても、立っていることに疲れて、小奇麗に着飾った服が汚れるのも厭わず地面に腰を下ろしてでも、ずっと待つつもりだったのだろうか。
「……どうしたの?」
 白骨となってもまだ川を眺めて待っている姿まで夢想していた有紗に痺れを切らしたのか、直樹がもう一度問うてきた。振り返ると直樹は息の乱れが収まったようで、まっすぐ立って有紗を見つめていた。この風景の中で彼を眺めると、当時より背が伸びているのがよく分かる。
「んー? ……最近、ストーカーさんから連絡がないから、どうしてるかな、って思って」
 愛美から相談をされてから暫くして、直樹からの連絡は無くなった。愛美が「大丈夫だ」と言ってからだ。
「……」
 直樹は黙って有紗を見つめ続けていた。諦められないとまで言ったのに、愛美と「大丈夫」になってしまったから、あっさり諦めて有紗との連絡を断ってしまい気不味いのかもしれない。そんなに畏まらなくてもいいのにな、と有紗は仄笑みを崩さずに、
「よかったね、愛美とうまくいって」
 と言った。妹はこんなカッコいい男と付き合えて幸せだろう。
 父親も母親も早くに死んでしまった。愛美は大事な妹だ。
「……、なんで……、そんなこと言うの?」
 直樹の顔が卑屈に歪んだ。
「わざわざこんなとこに呼び出して? だって東京だと、愛美とか彼氏にどこで会うかわかんないじゃん。愛美は今日大学だし、彼氏は仕事……、……あれ? 直樹は今日休みだったの?」
「バイトだったけど、休みにしてもらった」
「私とおんなじだ。……ま、何にせよ? 姉としては、妹が彼氏とうまくいってるか気になるの」
「……うまくいってないよ」
 直樹が静かに言った。風を受けながらだったから、聞き違いかと、眉根を寄せると、
「うまくいってなんかない」
 ともう一度直樹が言った。
「ウソつけ」
 有紗は嘲笑って、「……愛美としたんでしょ? ダメだよ、ウソついたって。私たち、何でも相談し合えるんだからね。私、直樹と愛美がしてるの知ってる」
「そうだよ。……有紗さんに会えるなんて思ってなかったから」
「だねー。……妹に初めてさせたくせに、そのすぐ後で私とエッチ? 鬼畜? 直樹って」
「妹だなんて知らなかった」
「知らなかったにせよ」
 有紗は腕組みをし、小首を傾げて直樹を見やった。「……童貞卒業したら、いきなり他の女とヤッてんだもん。ちょっとカッコいいからってさ、何様なの?」
 直樹が近づいてくる。きっと殴られる。それでも有紗は腕組みを崩さず、まるで振り下ろされる直樹の手に頬を差し出すように顎を上げていた。
「……他の女の子としたいから、したわけじゃない」
「でも、私の大事な妹を裏切った」
「だってっ!」


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