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笛の音
【父娘相姦 官能小説】

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笛の音 2.-1

2.


 愛した人が胎違いの兄妹であったことと、愛そうとした人が大切な妹の恋人であったことはどちらが不幸だろう? 見終わった一番の感想はそれだった。エンドロールが流れ始めても、明彦はDVDを止めなかった。
「……どう? ズーンときた? ……あれ、ドーンだっけ?」
 ソファに脚を揃え、その上に肘を置いた前屈みの姿勢のまま、流れていく名前たちを黙って眺めている有紗に明彦が問うた。缶のまま飲んでいる梅酒のソーダ割だけに口を付けていた有紗だったが、見終わってから漸く、テーブルの上に広げられているナッツを手の中にいくつか取り、ひと粒ずつ口に齧った。
「……さすがオジサンですね。ちゃんと、きました」
 まだ真犯人と自分との不幸比べに引きずられていた有紗は抑揚なく言った。月曜日に安っぽいレンタルルームで愛しかった男に溺れ、翌日には一転、頭を抑えつけられて息苦しい惨苦の中に顔を浸けられた。金曜日には誘ってきていた男を袖にしようとしたのを撤回してDVDを見に来ている。そして明日か明後日には、涎を垂らした下衆に思うがまま体を貪られるのだろう。
 ――悪魔ここに誕生す。隣には明彦が座っているが、逆の隣には、眉が無く頬こけた白い肌、尖った襟の外套を着た男が居て、フルートを片手に薄笑みで自分の様子を窺っている気がした。
「俺、結構面白かったと思う。作りはいかにも昔の映画、って感じがしたけど」
「そうですね。……、……ンーッ、……、……っと」
 手の中のナッツを全て食べた有紗は脚をピンと張り、借りたスリッパのつま先を上にあげ、指を組んで真っ直ぐ前に突き出して伸びをした。ストレッチのタイトな前結びスカートは、立っていても膝頭が丸出しだから、座れば脚線美が否応にも露出される。悩ましげな声で伸びをする有紗を見た明彦の視線が、不興を買わない絶妙の間隔でデニールの小さなダイヤ柄のストッキングに向けられているのを感じた。映画が始まる前、隣に座る許可をしてやったのだし、見たければ別に見てもいい。見せるために履いてきたのだ。「……確かに、そういう雰囲気には全くならない映画でしたね。オジサン、その辺りも当たってると思います」
 長い伸びを背を丸めて緩めると、息をついてから笑ってみせた。
「そうだね。確かに、これでいい雰囲気になるわけないなぁ」
 明彦も笑って、テーブルの上に手を伸ばすと、ナッツを口の中に放り入れる。
「……で、変な期待してます?」
「んー……」明彦は脚を組み、咀嚼しながら有紗の方を向いた。「期待していいの?」
「ずっるい」
 有紗は笑って手に付いた塩をテーブルに広げたティッシュの上に落とすと、残っていた梅酒を真上を向いて全て口に含んで飲み込んだ。「……私、こうやって男の人の部屋に一人で、映画見に来てるんですけど? 特に『この映画が見たい』って、お願いししたわけでもなく……、です」
 明彦は表情を変えないまま座り直し、有紗のすぐ側へ寄って片手を背凭れに乗せてきた。手のひらが前に差し出される。有紗が空き缶を乗せるとソファの足元にコトリと置いて更に距離を詰め始めた。有紗は少しだけ目を細めて明彦の様子を眺めていたが、いよいよ彼の顔が迫ってくると、首を傾げて顔の前にかかる邪魔な髪を耳に掛けた。背凭れにあった手が肩に乗せられて軽く引き寄せられる。有紗は伸ばしていた膝を折り、気持ち明彦の方へ身が向くよう斜めに揃えた。
 人生で三人目だった。一人はもう思い出したくない。一人は願わくば数に入れたくない。そうなると、今の明彦が現時点の自分にとって唯一まともなキスの相手だ。しかし最もまともなキスは、最も有紗の心を揺さぶらなかった。悍ましくも切なくもない。自分の唇に他人の唇が触れているだけ。瞳は閉じているが、やれと言われれば、瞼を開けて明彦の顔をまじまじと冷静に観察することだってできたろう。
 明彦が離れていく。微笑んでいる。ひとまず第一関門クリア? 二回も待たせてゴメンナサイ。そんなことを考えながら、少し照れた笑みを見せてやった。明彦に肩を抱かれたままだったので、その上躯に体を凭れかけ、有紗は自分の太ももを指で叩きながら話した。
「訊いていいですか?」
「なんでもどーぞ?」
「……なんで私と、こうしたいんですか?」
 すると明彦は、んー、と上を向いて唸る。
「そりゃ、合コンで会って、……ま、エラソーな言い方してゴメンだけど、つまり、気に入っちゃったから」
「なんで気に入ったんですか?」
「なんで? 『どこが』、じゃなく、『なんで』って訊くの?」
 明彦は笑いに詰まりながら言って、「……前原さん、キレイだし、話し方とか仕草とかカワイイし、話してて楽しいし、ってことで、理由は超タイプだから」
「……そうですか」
 有紗は脚から指を離して胸元に垂れていた髪を両手で摘むと、開いた毛先をじっと見て黙った。
「質問はもう終わり?」
「……」
 明彦の手が髪に触れてきて、撫でてくる指先を感じつつ、「もうひとつ、訊いていいですか?」
「どーぞ?」
「……キスした続き、したいですか?」


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