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性少女・絵美
【その他 官能小説】

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性少女・絵美-2

(2) 

(性少女……)
絵美と知り合ってしばらくして、私は心の中で彼女をそう呼んでいた。
 
 淫乱なイメージを抱いたのではない。子供から大人へと心も体も熟し始めた時期で、異性への関心、性の知識が混濁して不安定に揺れ動く。一方、あどけなさと純真さも同居していて、時に匂い立つ姿態は無防備に舞ったりする。そんな少女の甘美な香りに包まれて浮かんだ言葉である。

 絵美は高二の時に同じクラスになった夏木修一の妹である。当時十五歳。
 家は飲食店を営んでいた。昼は食事を出し、夕方からは飲み屋となり、夜中まで営業していた。
 そこは飲み屋街の一画で、そういった店が長屋のように連なった子供とは縁のない地域だった。
 二階は住まいになっていたが、アパートのように各部屋が並んで独立していて、両親、修一、妹と、家族それぞれが個室という変った形態であった。元々は店の経営者や従業員が使う部屋だったのだろう。六畳一間にキッチンという狭さなのにトイレと風呂がついていた。

「小さい頃はみんな一緒だったけど、部屋が空くと借りて……」
「だけど、一人暮らしみたいで、なんだかいいな」
「まあ、プライバシーは保てるな」
私も自室は持っていたが大学生の姉の部屋とは襖一枚の隣り合わせで、物音は筒抜けである。しかもこの姉は声もかけずに入ってくる。
「俺のところもそうさ。妹はどかどか入ってくるよ。女ってのは図々しく出来てるんだ」
言っているところへ絵美がやってきたのだった。

「お兄ちゃん、餃子食べなって」
大皿に四、五人前、てんこ盛りにして持ってきた。私が来ていると聞いて階下の親が作ってくれたようだ。

初対面であった。
「妹だよ」
「絵美です。松田くん?」
私の名前は修一から聞いていたらしい。ぽっちゃりとしていて何とも愛敬があった。

 絵美は私の隣に滑り込むように座ると、
「はい、醤油」
小皿に入れて私の前に置いた。他にスペースはあるのに、まるでカップルみたいに並んで私に笑いかけた。
「どうぞ。うちの餃子、おいしいわよ」
帰ったばかりなのだろう、セーラー服の胸元の白さが眩しく、女子の甘酸っぱい匂いが流れてきた。私は思春期真っただ中、当時女の子と付き合った経験はなく、しかも男子校ということもあって免疫も希薄であった。

「お前。暑苦しいよ。松田も困ってるだろう」
夏木が苦笑しながら言ったが、絵美は意に介さず、
「いいじゃん。お客さんだもん。接待しなきゃ。ねえ、松田くん」
幼さの残る笑顔なのに言葉遣いは年上のように達者であった。
 ほっぺたを膨らませて餃子を頬張る食欲は微笑ましかった。
「ますます太るぞ。少しはダイエットしろよ」
「伸び盛り、食べ盛り。大人になれば自然とやせます」
「それだけ食っててよくいうよ」
兄にからかわれても気にする様子もない。私は絵美のおおらかさに好感を持った。

 それから何度か遊びに行ったある日、帰り際に絵美が小首をかしげて言った。
「あたしの部屋にも寄って行って」
唐突だったので返事ができずにいると、夏木が笑っている。
「付き合うと大変だぞ」
「なによ、お兄ちゃん。またばかにして」
絵美がすねたように夏木を睨みつけた。
 
 絵美は文芸部で、最近小説を書いているという。それを読んでほしい、そして感想を聞きたいということであった。
「俺も読まされた」
言いながら笑いをこらえた顔である。
「読まされたって、失礼ね」
「まあ、時間があったら読んでやってくれよ」
「こんなのほっといて行きましょ」
絵美は私の腕をとって引っ張っていった。

 女の子の部屋。……少なからず緊張はあった。男の部屋とは異なるにおい。姉の部屋は化粧品のにおいが充満しているが、ここにはそれがない。だが男ではない『匂い』が私を誘うように仄かに漂っていた。湿り気を感じる人肌を想起させる生々しいにおいだった。

 絵美が引き出しから取り出したのは一冊のノートだった。
「そこに書いてあるの?」
「うん。まだ手直ししたりするから。ここに座って」
絵美はベッドに腰かけて自分の横に手を置いた。
 少し間を開けて座ると、絵美は隙間を詰めるように寄ってくる。
「ふふ……」
なぜか笑ってノートを見せた。

 私が読み始めると自分も顔を寄せて覗きこんでくる。かすかな息が感じられ、体の温もりさえ伝わってくるようだった。

 『小説』は他愛無い内容であった。二ページほどの短いもので、クラスの好きな男子に片思いしているうちに彼が転校してしまうという、起承転結など関係のない日記のような文章だった。だが、夏木のように笑うわけにはいかない。
「悲しさが出てるね」
やっとそれだけ言った。
「ほんと?」
「うん……」
「うれしい。そういう気持ちを書いたの。わかってくれると思ってた」
弾みなのか、私の手を握って揺さぶった。

 私はその手を離さなかった。絵美も同じだった。掌は熱い。二人とも……。
「これ、実体験?」
「ちがう、フィクションです」
「付き合ってる男子、いるの?」
「いない。ほんとにいない。松田くんは?」
「……いないよ」
「男子校だから?」
「うん……知り合う機会ないから」
絵美は俯いてから私に恥ずかしそうな顔を向けた。
「二人ともいなくてよかったね……」
私は黙っていたが、握った手に力がこもった記憶がある。
 
  

 


 


 

 


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