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鎖に繋いだ錠前、それを外す鍵
【フェチ/マニア 官能小説】

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鎖に繋いだ錠前、それを外す鍵 3.-12

 友梨乃の体は手に付着したものに拒絶感を示していた。今しがた腕の中で快楽の際をもたらされた相手に、それを言うことができないのだろう。どうして我慢することができなかったのか、陽太郎は困憊した友梨乃の様子に、哀しみに潰れそうになりながら、
「ごめん……。……ユ、ユリさん。……手、洗ってきていいよ」
 と言った。
「う、うん……。……ごめんね」
 友梨乃は精液に塗れた両手を握りこむと、ベッドから降り、まだ甘美な痺れが残る下肢に力が入らずよろけながら小走りに洗面所へと駆けていった。




「千円お預かりします」
 海外の人だろう、少し異なるイントネーションで言いながら、店員は陽太郎が黙って差し出した札を受け取った。「370円のお返しです」
 レシートと一緒に手に置かれた釣り銭を握ったまま、陽太郎はファッション誌が入ったビニール袋を肘にかけ、その腕の手首をもう一方の手で掴むように腰に置いて、まっすぐ前を見据えてコンビニの出口へ向かう。アウターを羽織ってもおかしくない季節になってきた。陽太郎はシリコンバストを仕込んだ上躯に、体のラインが出るカットソー着こみ滑らかなバストの丸みを形作って、その上からドルマンスリーブのカーディガンを羽織っていた。これは肩幅を隠しながら開いた襟から覗く胸元を目立たせると同時に男っぽさが残る腰つきは隠してくれる。歩く度にコットンポンチのタイトスカートが垣間見え、ボリュームあるトップスのお陰で、そこから伸びたデニールを抑えたシアードタイツの脚がより細く見えた。25.5cmの女物の靴など売っていないと思ったが、ネットショップではかなりの選択肢があった。ただ踵のあるパンプスは履き慣れず、女性らしい歩き方ができるように十分練習して、いよいよ今日、自宅から歩いて行けるが男の姿では訪れることはない、なるべく離れたコンビニを目指したのだった。
 陽太郎は完全に暗くなった19時に早稲田通りに出ると西に向かって2kmは歩き、少し入ったところにあるこのコンビニを見つけた。コンビニの店員は普段男の姿で利用する時と同じく無干渉な接客だった。特にギョッとした反応はない。
 練習したとはいっても狭い部屋の中だったから、つま先の絞られたパンプスの中で足の指が少し痛くなってきており、結構な距離を歩いてきてしまったことを悔やみながら、ゆっくりとした足取りで帰路を歩いていた。早稲田通りでは性別世代を限らず様々の人々とすれ違う。往路と同じく全く誰にも目を向けれらない、――というわけではなかった。時々自分のほうを見やって来る。珍奇な女装男を見る目には思えなく、男の称揚か女の羨望の眼差しだった。それも取りも直さず、陽太郎のことを女として見ているために他ならない。交番の前を通りかかっても、仁王立ちで通りを眺めている警官に呼び止められることもない。家を出て暫くは目を向けられる度にバレてしまうのではないかという恐怖があったが、帰り道にはもう陽太郎は自分の外姿に自信を持ち始めていた。
 不安が薄れて物思いをしながら夜道を歩いていると、友梨乃のことが思い出された。手を洗った友梨乃は、睦まじい時間の最後の最後で男をムキ出しにしてしまって消沈している陽太郎の前に戻ってくると、隣に座って暫く黙っていたが、
「びっくりした……」
 と言った。
「き、汚いことしてすみません……」
 友梨乃から見て、男の最も汚いところを見せてしまったと思った。射精をしながら薄ら見えた、精液を手のひらに飛ばされている時の友梨乃の表情は、汚穢に陵辱されているように見えた。
「そ、そんなふうに思ってないよ」
 友梨乃が否定しても慰めにはならなかった。引き続き項垂れている陽太郎に、友梨乃は寄り添って座り肩に額を押し付ける。「……思ってない」
「……」
「こ、興奮してくれたんだよね?」
 顔を上げることができない友梨乃だったが、赤らんでいる耳で羞恥を抑えながら懸命に言っているのがわかった。「……私が、あんなふうに、なっちゃったから」
「……はい。だって、ユリさんが……」
「言わないでいい」友梨乃は照れた笑い声を混じらせて、「……うれしいよ」
「ほんまですか?」
「うん……。……でも、びっくりしたの。初めて見たから。それだけのことだよ」
 友梨乃は顔を上げて陽太郎を見た。「陽太郎くんと、付き合ってるんだから、……陽太郎くんを彼氏にするんなら、……な、慣れて……、平気にならなきゃ」
「……無理せんでええです」
 悲しさが癒えず前を向いままの陽太郎を見ていた友梨乃は、小さく首を振ると座ったまま身を伸ばして頬にキスをした。
(ユリさん……)
 その時を思い出すにつけ自己嫌悪に苛まれた。精液が手に触れている時の、友梨乃が陽太郎を気遣って必死に拒絶の色を隠そうとして、しかし補いきれずに眉間を寄せている顔を思い出すと、劣情が尿道を流れていった快感すら忌まわしくなった。


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