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鍵盤に乗せたラブレター
【同性愛♂ 官能小説】

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想いの詰め合わせ-1

――明くる日曜日。

 学校のプールに勇輔と冬樹の二人だけがいた。
「やった、また穿けた、勇輔の水着」
 冬樹が顔を赤らめて自分の姿を壁の大きな鏡に写した。
「そんなに好きか? その水着」
「もちろん。だって勇輔が穿いてたものでしょ」
「しょーがねーなー。おまえにやるよ、それ」
「ほんとに? やった! 嬉しい。ありがとう、勇輔」
「おかげでもう一枚買う羽目になっちまった。高えんだぞ、それ」
 勇輔も同じデザインの水着を身につけ、冬樹の背後に立っていた。
「ごめんなさい。今度何かおごるから」
「気にすんな」勇輔は笑った。「にしても、おまえ、意外に筋肉質だよな。泳げば結構速いんじゃね?」
 そう言いながら勇輔は両手で冬樹の二の腕を掴んで揉んだ。
「泳ぎは苦手」
「教えてやるよ」
「お手柔らかに」冬樹はにっこり笑って顔を後ろに向けた。
 勇輔はその頬を両手で包み込んで、そっと唇同士を重ね合わせた。


 プール棟の向かいに建つ芸術棟二階。その音楽室の窓から見ている二つの影があった。
「あんなとこ、誰かに見られたりしたらどうするんでしょうね? 先生」うららが大きなため息をつきながら言った。
「大丈夫。プールの窓の中を見られるのはここからだけだから」彩友美は腕を組んでにこにこ笑っている。「でも、若い恋人同士って、たとえ男の子でも爽やかできれいね」
「そう……ですか?」うららはその音楽教師の顔を怪訝そうな表情で見上げた。「冬樹はともかく、あのがさつな兄貴が? きれい?」
「お似合いだと思うわよ、あの二人」

「うわあ!」窓の中に目を移したうららが不意に大声を出した。
「ど、どうしたの?」彩友美はうららに顔を向けた。
「兄貴のあんな笑顔、久しぶりに見た」うららは目を輝かせている。
「そうなの?」彩友美もうららの視線をトレースした。「あら、素敵な笑顔! 勇輔君って、笑うととってもかわいくて素敵ね!」
「ほんと久しぶり」
「前にもあんな顔で笑ったことが?」
「兄貴が小学校三年生の時、ずっと欲しがってた自転車を買ってもらった時に、あんな顔で笑ったんです。あたし今でもはっきり覚えてる」
「そうなの」彩友美もにっこり笑って、冬樹の肩を抱いてその目を見つめている勇輔の姿に目をやった。
 うららはほっとしたようにつぶやいた。「あの笑顔、全然変わってないよ」


「なかなか筋がいいぞ、冬樹」
 勇輔と冬樹はプールサイドに膝を抱えて座り、濡れた身体を寄せ合っていた。
「そう?」
「ああ。おまえのクロールのフォーム、スマートでしなやかだ」
「勇輔が教えてくれたからだよ」冬樹は照れたように、抱えた自分の膝の間に顔を埋めた。

 勇輔は後ろに手を突き、一つため息をついた。
「俺、昨日の晩、おまえと抱き合ったままイって思った」
「な、何? いきなり」冬樹は赤面した。
「やっぱ実際大好きなヤツと抱き合ってイくのと、一人でやってイくのっつーのは全く別モンだな」
「うん……それは僕もよくわかる」
 勇輔は冬樹に顔を向けた。「わかるだろ?」
「うん。射精するのが目的じゃない。勇輔との時は」
「だよな。俺も、セックスっつったら刺激して出して終わり、って思ってたが、違うね。おまえにくっついて、おまえの身体舐めて、口とか舌とか吸って、そんでもってぎゅってしがみつくのが最高に気持ちいい」
「そう、僕もそんなことをずっと勇輔にしてもらいたいし、僕も勇輔にしてあげたい」

 勇輔は冬樹の身体に腕を回した。
「今も、なんかすんげーいい気持ちなんだが、俺」
「僕も……」
 冬樹は頭を勇輔の肩にもたせかけ、目を閉じた。

「なあ、冬樹、おまえのピアノ、じっくり聞きてえよ」
 冬樹はにっこり笑って勇輔の目を見た。「勇輔はどんな曲が好きなのかな……」
「んーとな……、俺がおまえに声掛けた日に弾いてたやつが、なんか妙に頭から離れねえ。その後も何度か弾いてたぞ、おまえ」
「ベートーヴェンのソナタ嬰ヘ長調作品78」
 勇輔は驚いて目を見開いた。「お、覚えてんのか?」
「忘れないよ。勇輔に初めて声を掛けられた日だったんだから」
 勇輔は、へえ、と感心して唸った。
「あんな曲がいいんだね、勇輔は」
「なんか、明るくて、弾んでて、聞いててうきうきしてくるっつーか」
「わかる。あのソナタは2つの曲でできててね、どっちも幸せな雰囲気。第2楽章の方が弾んでるかな」
「あのいかめしいベートーヴェンでもあんな曲創るんだな、お……」
 勇輔は耳をそばだてた。冬樹もはっとして窓から芸術棟の音楽室に目をやった。

 穏やかに上昇する温かな和音に続き、微笑むような躍動感のあるピアノのメロディが聞こえてきたのだった。

「これだよ、これ!」勇輔が興奮したように言った。
「彩友美先生が弾いてくれてるんだ」冬樹は嬉しそうに目を細めた。
 見ると、音楽室の窓からうららが二人に向かってにこやかに手を振っている。
 冬樹もそれに応えて手を小さく振った。

「サブタイトル『テレーゼ』。テレーゼ・フォン・ブルンスヴィックっていう女の人に捧げられたんだよ」
「恋人か?」
「そういう説もあるけど、深い仲ではなかったらしい」
「ふうん……」
「でもベートーヴェンはその女性の肖像画を死ぬまで大事にしてたんだって。彩友美先生に教えてもらった」
「わかんねえオトコだな、ベートーヴェンってヤツぁ」
 冬樹は噴き出した。「確かにね」
「今度冬樹がちゃんと弾いて聞かせてくれよ」
「わかった」冬樹はにっこり笑った。


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