Ｔデパート-3
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Ｋ支店の婦人服フロア主任の辞令がおりたのは、それから半年あまりたってからのことだった。
俺は26歳になっていた。
入社わずか２年目、しかも高卒の中途採用の俺が主任に昇進したとあって、この人事に反感を持っている連中は社内にかなりたくさんいるようだった。
しかし、このころには俺が高橋と親しい間柄であることは周知の事実となっており、以前のようにあからさまに俺を攻撃してくるものは誰もいなかった。
全てがうまくいっている。
俺は勝ち組のレールに乗ったのだ────。
俺は舞い上がっていた。
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辞令がおりた翌日、俺は高橋から大阪に呼び出された。
今後のために本社を見せておきたいということかもしれないと思っていたのだが、連れていかれたのは郊外にある大きな屋敷だった。
外から見たところ看板のようなものは一切あがっていないが、ものものしい雰囲気の門をくぐってずっと奥にある玄関にかかる紫の暖簾で、そこが料亭のような類の店であることが辛うじてわかった。
上品な萌黄色の着物を着た女将らしき人物に出迎えられ俺たちは座敷へと案内されたのだが、他の客と顔をあわせないように、他の従業員と細かく連絡を取り合っているようだった。
これまで高橋にはいろいろな店に連れていってもらったが、ここはちょっと特別な場所なのだろうという気がした。
高橋ほどの地位を手に入れれば、こういうところで顔が利くようになるのだろうか。
通された部屋の豪華な調度品に圧倒されながら、俺はぐるりとあたりを見回した。
酌をしようと入ってきた仲居を「勝手にやるし、ええわ」と下がらせ、高橋は自ら俺にビールを注いだ。
「まずは主任昇進、おめでとう」
にこやかな笑みを浮かべて、コップを高々と持ち上げる高橋。
その満足そうな顔を見ると、ようやく自分が主任になったのだという実感が湧いてきたように感じられた。
高橋は旨そうに冷えたビールをゴクゴクと飲み干すと、空のコップをタン！と机に置き「ほんまにようやってくれたな」と俺に右手を差し出してきた。
「──ありがとうございます」
高橋にギュッと手を握られると、そのぬくもりにじわっと胸が熱くなって、俺は言葉に詰まってしまった。
俺の主任昇進を「おめでとう」と言ってくれたのは、高橋が初めてだった。
こういう些細な出来事の一つ一つが、知らない間に俺の精神を蝕み、脆弱にしていることを、俺はまだ気付いていなかった。
「半年間じっくり見させてもらったけど、あんたの頑張りはたいしたもんや」
遠く離れた大阪の地から、やはり高橋は見ていてくれた。
それが素直に嬉しかった。
「こんだけの実績あげとったら、多少早い段階で主任にあげても誰も文句ないやろ」
「──恐れ入ります」
通常は新入社員が主任に昇進するのに、最低でも３年はかかると聞いている。
俺は他のやつらとは違う。
俺は高橋に認められている。
そう思うと自然に気分が高揚してくるのがわかった。
出会ったばかりの頃は下請け業者の一従業員という立場だったが、今はこの人と同じ会社の社員として働いている自分が誇らしい。
性行為を拒んで以来、気まずい関係になることは覚悟していたのだが、不思議なことに高橋と過ごす時間は以前と変わらず俺にとって心地のいいものだった。
ひとしきり飲んで酔いがまわってきた頃、高橋が何気ない口調でこう切り出してきた。
「──実はな、あんたも主任になったことやし、四月からは一人新しい部下をつけたりたいと思てんねん」
「部下、ですか」
部下を育てるというのは初めての経験になるが、それは主任になった時点で当然のこととして覚悟していた。
「あんたのとこに配属するのは新入社員のな──オンナや」
「……女……」
「女」という言葉に、高橋が妙なアクセントをつけたのが気になった。
高橋の顔を見ると、その表情には独特の好色そうな含み笑いが浮かんでいる。
以前よく一緒に飲んでいた頃、俺に女を調達させる時、高橋はよくこういう顔をしていた。
「……それは……まさか……」
背中に一瞬、虫酸のようなものが走ったが、俺はそれを意識的に押し殺した。
「うん。あんたに頼みたいんはな、特別新入社員教育、っちゅうやつや」
「──教育──」
ごく当たり前の「教育」という言葉が、高橋の口から発せられるだけで、ひどく淫靡なものに聞こえた。