『特別』車両、再び-1
【『特別』車両、再び】
「後始末にもう少し掛るかな。疲れたでしょうが、手島さんと由香里先生が出てくるまで少し我慢して下さい」
スタジオから一足先に出てきた星司と優子は、星司達が乗ってきた白いワンボックスカーに乗り込み、一息付いたところだ。後部座席に優子を座らせた星司は、疲れた優子が寛げるように自身は運転席に座った。優子は星司の気遣いの言葉に答えず、開口一番に言った。
「あたし、星司さんの声を聞きました」
「声？」
星司は後ろを振り返り聞き返した。
「もうダメだって時に『負けるな』って。あれは本当に聞こえたんですよね」
「『負けるな』か…」
上を向いてその言葉を反芻した星司だったが、直ぐにその目を優子へと向けた。
「そうかも知れない。優子ちゃんが連れ去れた時から、ずっとそれを念じ続けていたからね」
今まで自分の思考を特定の相手に伝えた事は無い。またそれできるとも思ってもみなかった。それが優子に届いた事に星司自身も驚いていた。
「やっぱり♪」
星司の戸惑いを余所に、優子の顔に満面の笑顔が溢れた。その笑顔に星司の心が和んだ。
「えっ、でもどうしてあたしが連れ去られたって知ったんですか？」
「ここ最近、優子ちゃんの周りに変な感じがしてたからね」
優子にはもう自分の力を隠すつもりはない。星司は間を置かずに答えた。
「えっ、じゃあ、今日の事を事前に知ってたんですか？」
優子は驚いた。
「大凡。けど、誰が何時どうするかの特定までできなかったから、様子を見るしかなかったんだ。申し訳ない」
星司は運転席から振り向いた状態のままぺこりと頭を下げた。
「いいえ、責めてるんじゃありません。お陰さまで助かりました。でも場所までよくわかりましたね」
「陽子が優子ちゃんを自分の部屋に呼んだだろ。あの時、優子ちゃんのバックに陽子が発信器を付けたんだよ。念のためにスマホのＧＰＳ機能もオンにしておいた」
「発信器！」
優子は素っ頓狂な声を上げた。
「じゃあ陽子さんが部屋にあたしを呼んだのは、全部星司さんの差し金だったの」
「全部じゃない。優子ちゃんを誘ったのは陽子の意思だ。私はそれに乗っからせて貰った。誤算だったのは、拉致された時に、優子ちゃんがバッグを歩道に落としてしまったことだ。はい、これ。スマホも無事だよ」
星司は優子が落としたバッグを差し出した。
「あ、ありがとうございます。えっ、でもバックごと発信器を落としていたのに、どうしてわかったんですか？」
「拉致された時、マンションの上から見てたからね」
星司は高級そうな双眼鏡を手に持って示した。それを首に掛けたまま慌てて駈けだしたのは黙っていた。
「上からって？まさか陽子さんの部屋から？」
あの広い部屋なら星司が居ても気付かない。優子は陽子との痴態を、星司に見られてたんじゃないかと咄嗟に勘ぐって赤面した。
「違う違う、自分の部屋からだよ」
「へっ、自分の部屋…」
予想もしない答えに優子はキョトンとした。