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おはよう!
【純愛 恋愛小説】

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おはよう!-3



無言になった重い空気を感じながら、和音は先程と変わらずに歩いた。
夕方になって、三月になってようやく暖かくなってきた優しい風を頬に滑らせる。暖かい風を受けているにも関わらず、気だるさを訴える身体に肩からかけているホルンケースが重くのしかかった。
正直鬱陶しいとも思ったが、今年のもうすぐでおさらばすると決めたからにはウザったくも思えずに、肩紐をかけ直すだけに留めた。

去年の夏、無事にフェスティバルも終えることが出来た。
団体賞を取ることは出来なかったが、和音は個人賞で入賞することが出来た。
他にも、バトンの子が二人、個人賞に入賞していた。
それを皮切りに、和音は三月いっぱいで鼓笛隊を卒業すると優羽に話した。
和音がそう言うと予想をしていたのか、奏多みたく驚かれなかった。
ただ一言。「勿体無いんじゃない?」とだけ言われた。

恐らく、あの「勿体無い」という意味は自分に才能があることを指していたのだろうと和音はすぐに解釈した。
確かに和音は生まれながらに絶対音感を持ち、周りと比べられない程ホルンだけでなく音楽の才能に恵まれていると自覚していた。
しかし、それ故に壁にぶち当たってしまった。乗り越える気が起きない、高い壁。
乗り越えられないなら、引き下がるしか無いと考えた和音の選択だった。
どちらにしても、決まり上、自分は長くても大学生前半までしか鼓笛隊に居る事が出来ないのだから、早めに身を引いても何ら支障はないと考えた。
むしろ、高校三年で卒業してしまえば、近いうちにやってくる大学受験に備える事が出来るし、大学生になってからは新しい生活をスタートさせることが出来る。
良いタイミングだと、自負していた。


「ちゃんと優羽さんには許可を取ってあるし、フェスでも賞を取った。今なら有終の美を飾れるんだよ。」
「・・・」
「だから、良いかなって。」
「・・・・」
「・・・って、聞いてる?」

先程から、奏多は黙ったまま。下を向いて、何やら考え込むような、難しい表情をしている。
何の反応も返って来ない為に、和音は困った。
確かに今まで辞めるような素振りを見せなかったし、突然の話に聞こえてしまったかもしれない。だけど、ここまで悩ませるようなことを自分は言ったのだろうか。
一体どうしたものかと戸惑っていると、小さな呟きが聞こえた。
それが自分に向けられたモノであると分からずに、聞き返した。

「・・他に、それを言った奴は居るのか」

絞り出すように疑問符なしで問われ、和音は呆気にとられた。
問われた真意が分からないまま、予想外の質問で働かなくなった頭で出来るだけ記憶を思い起こしてみる。自分で覚えている限り、家族と学校の親友、それから優羽だけだった。

「鼓笛隊では、優羽さんと奏多だけだけど・・。」


そこまで言って、ふと思う。
何故自分は奏多にこんな話をしているのだろう。自分が鼓笛隊を辞めると言って、奏多が驚く程の仲でないだろうと思ったのは自分なハズだ。一緒に帰るだけの仲。
なら、何故自分は鼓笛隊を辞めると彼に告げたのだろう。別に話す必要も無かったし、持ち出した為にこんな驚かれ、無言になるという気まずい空気になってしまった。


「(いや・・・ほら、大変だった時にお世話にはなったし・・)」

誰に言うわけでもなく、和音は心の中で言い訳をした。それが自分の本心でないことは丸分かりだったが。

「(・・って、何で、こんなこと気にする必要無いでしょ・・!!)」

煩悩を振り払うかのように、頭をブンブンと振る。
だが、すぐに隣に奏多が居る事を思い出して、止める。こんなバカなことを見られていないかと不安に思って、視線を送るが、和音の気付かないうちにまた俯いていたようで何の反応も無かった。
ホッと一安心して、何事もなかったかのように歩き始めた和音の腕が斜め後ろへクンっとと引っ張られた。
なんだろうと振り向いて、自分の腕に視線を落とすと、誰かに腕を掴まれているようだった。自分とは違う、骨ばった一回り大きな手。
視線を上げると、何やら真剣な顔をしている奏多とバッチリ目が合った。
その表情と掴まれている腕、状況に和音は恥ずかしさを感じた。慌てて振り払おうとする。

「ちょ、ちょっと、奏多、なに?」
「・・今年、俺出る」
「・・・は?」
「俺、今年のフェス、ホルンで出るから、和音も出ろ。そんで、今年も賞取って辞めればいい。」
「・・は、いや、奏多?話、聞いてた?私今月で辞めるって・・」
「だから、今から練習する。ホルン、教えろよ。」

奏多の言葉に、和音は全くついて行けなかった。恥ずかしくて手を振り払おうとしたことも忘れてしまう程。
先程、自分は今月で辞めると言った筈だ。なのにどうしてこうなったのか。何故なら奏多の言葉は、まだ居て欲しいと言っているようなものではないか。
訳が分からないという表情で見つめる和音に、奏多は意地悪げな笑みを浮かべた。

「半年くらい待てるだろ?音楽から逃げ出すわけじゃあるまいし?」
「・・!!」

音楽から、逃げる。
思ってもないその言い方にカチンと来た和音は奏多を睨みつけた。
ここまで言われれば、やるしかない。和音は腹を括った。

「・・分かった。」
「よし、約束だからな」

満足気な笑顔を見せて、歩きだした奏多の後ろで和音は面倒なことになったと溜息をついた。
・・半年の約束が、まだ離れられそうになくなったホルンのケースを重く感じさせた。





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