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生命の木〜少女愛者の苦悩
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衝動-2

 緑川のアパートの隣の部屋には、熱心なカトリック信者である家族が住んでいた。藤原という姓の実業家で、細君はポーランド人だった。ズザンナという娘がひとりいた。
 緑川と藤原とは、四年前の春先、同じときに越してきたこともあり、比較的懇意にしていた。当時小学四年生だった娘のズザンナは人なつこく、ときどき緑川のところへ顔を出した。好意いっぱいの美しいズザンナに緑川はたちまち惚れてしまったが、本当に純心で、緑川が落ち込んでいる日には、きっと神様が何とかしてくれると、緑川の手を握り自分の胸に当てるズザンナに、緑川も劣情を抱くことができないばかりか、こういうズザンナを騎士のように守りたいとさえ思ったほどだった。
 ズザンナはと言えば、緑川の部屋に感じる「野性」のスリルを喜んだものだった。六月頃、緑川のところに遊びに来たズザンナが大声で騒いだことがあった。小さなベランダに通ずるガラス戸の横にアシナガバチが巣を作っていたのである。巣は十センチはあり、蜂が大勢その上にいた。緑川は普段と変わらず、当たり前のように
「お隣さんだよ」
と言った。そしてその巣の横に行って洗濯物を取り込んだ。蜂は緑川に全く反応しなかった。
 ズザンナがよく見ると、部屋のあちこちに蜘蛛の巣があったし、床には蟻も歩いていた。そしてそれらがいることに緑川が何も困っていないのを見てとった。
 しかしズザンナは子供らしい愛情から「お隣さん」にうっかり手を出し、二三ヵ所刺されて泣いた。緑川はそのとき、ズザンナを慰めながらも、ズザンナちゃんは大きいんだから、手を出したら怖いじゃないか、でもこれでこの蜂の巣は人間に壊されるだろう、と言った。
 ズザンナは家でこのことを一切言わず、蜂の巣はそのまま保たれた。ズザンナの沈黙は、蜂よりも、緑川の悲しみを感じ取ったからだったけれど、その後毎年やってくる蜂に、ズザンナはいつしか緑川同様の親しみを覚えるようになっていった。
 ズザンナは今、中学一年生である。この緑川の「王女」は、親切で礼儀正しく、夏でも肌を見せることがほとんどなかった。遊びに来ることは少なくなったが、日曜日にはズザンナの方から教会へ誘いに来た。だがこの数年のあいだに酒をずいぶん飲むようになった緑川は、宿酔の自分が恥ずかしく、一度も一緒に行ったことがないのだった。
 
 女を抱いたあとの都会はやさしく見えると緑川はいつも思う。金曜の晩の街は遅くまで賑わっていた。上司と同僚としたたか飲み、別れたあとで安い風俗店に行った緑川は、更に一人でまた飲んだ。今日の相手は一人が十九、もう一人が二十三だと言っていた。おおよそ、そんな体だった。思い出しながら、緑川は二人の女性に感謝してその幸福を祈った。
 店から出ると大雨だった。街が暗く思われた。終電が近いので緑川は急いだ。傘を持っていたがささなかった。幸い席は空いていて、座るとすぐ緑川は眠ってしまった。以前、カバンを盗られたことがあった緑川は、カバンを抱きしめて眠った。
 目を開けたとき、緑川はしまったと思った。車内は人がほとんどおらず、外も暗かった。乗り過ごしたのである。その緑川の横に、全身雨で濡れた例の少女が眠っていた。少女は緑川の肩に頭をもたせかけていびきをかいていた。子供のいる時間ではない。
 力が抜けて脚の開いた少女のスカートは、まくれて下着が見えていた。車両の乗客は二三人、みな離れて眠っていた。それを見た緑川は、少女の下着に大胆に手を入れた。
 この子供が女であることを、緑川は、つい数時間前に若い女にした通りに確かめた。少女は眉間にしわを寄せたが、起きなかった。 
 電車は終点に行き着いた。緑川は少女を起こそうとしたけれども、少女は起きなかった。肩に手をかけて、外に連れ、仕方ないので緑川はタクシーを使って少女を自宅に運んでいった。警察へ連れて行くという考えは、不思議にも思い浮かびさえしなかった。
 少女は体じゅう熱を帯びていた。濡れた服を替えてやるあいだに、緑川は泥酔した頭で積年の思いを遂げ、そのまま眠ってしまった。


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